第六話

 ウパニシャッドさんししょうが、言っていた。

 アートさんマスターに、反省の二文字はないと。


 ……、……。た・し・か・に……。


 な、なんたる――姑息こそく

 捨てられた子犬のような助けを求める潤んだ瞳での上目遣い。いま、自分の幼い姿を全面的に押し出した卑怯極まりない高等テクニックなうえに、サイズ違いの大きな服がより一層に、可愛らしい子犬感を増してました。

 ちぃ! 母性に訴えてくるとは! なかなか、やるな! この悪ガキ!

 ……、……。

 あれ? わたしって……、こんな性格で・し・た・っ・け……。

 ひとまず、この強い、ちぐはぐな感じのことは、忘れることにします。いまは、アートさんとウパニシャッドさんの力が、わたしには必要だからです。

 ――だって!

 わたしの力だけでは、この場所から脱出することは不可能です……。

 穴が空いているから、そこから出ればいいだけなのですが……。なにせ……高い! かぎ爪付きのロープを持っていれば、脱出することができるかもですが。そんな道具を持ってきていません。

 ――冒険者、失格です。

 だからそこ、ここは!


「お礼させていただきます」


 わたしの言葉を聞いたアートさんは、小さく決めポーズをしてました。ちょっと、その姿は、可愛らしいかったです。

 十歳前後の幼い男の子なら、ふつう、にする……すがた……。

 心の奥が、ざわ、ざわ、します。


「そんなことする、必要、ない、ですよ。ワートさん」


 ウパニシャッドさんが! 急に、わたしに意見してきました。驚きのあまり、わたしの心のざわめきが、霧散むさんしたときでした。

 

「Shur up!」


 ワートさん! なぜに!? 英語えいご

 意味は……、うるさい、黙れ、だったような。でも、実際は、ごちゃごちゃうるせえんだよ、黙りやがれ、この野郎やろう! 罵声ばせいです。

 よほど、ウパニシャッドさんは、口に出してはいけないことを言っているんでしょう。

 そうとう焦ってます、アートさん。

 あれ? 英語えいごとは……?

 なぜでしょう? 頭のなかが、モヤ、モヤ、します。


 ……、……。

 

「お~い、ワート!」


 目の焦点しょうてんが合ってくると、余りまくったそでを旗のように振っているワートさんが、見えてきました。

 

「だいじょうぶか? じぶん」「だいじょうですか?」


 アートさんの話しかた。

 "一人称"の人代名詞の"じぶん"をワートさんは、"二人称"の人代名詞として使用しています。

 斬新な個性的な話しかたのため、場合によっては、不愉快な気持ちにもなるんですけど。

 いまは……。

 とても、心配してくれていることが、伝わってきます。

 ウパニシャッドさんは、上品な大人の女性の落ち着いた話しかたなのですか、声の抑揚が不安定でした。アートさんと同様に心配してくれているようです。


「だ、だいじょうぶですよ! わたし」


 いつの間にか地べたに座っている、わたし。

 そして、いつの間にか、アートさんと視線を合わせている、わたし。


「落ちたときに、意識を失ったか?」


 と。 真面目な顔で問いかけてきました。


「いえ。意識を失っていたら。今ごろ、ミノタウロスに真っ二つにされてました」


 正直に話しました。

 そしたら、アートさんは、あきれ顔をしてました。

 わたし、変なことを言ったのでしょうか?


「まぁ~。あれだけ派手に動いているから、問題ないと思うが……。とりあえず、ておくか。脳は、あと、あと、が怖いからなぁ~」


 頭を一度、きむしると。

 自然な振る舞いと、あまりの手際よさが、あいまって。わたしは、されるがままでした。

 身体の隅々を観察しながら、慣れた手つきで、肉体を触ること。

 ――数分。

 

「見るかぎり、耳や鼻から、血が出た形跡けいせきはないし、頭部外傷も見られないな。しいて言えば、唇が少し切れているぐらいか。頭部から下は、擦過傷さっかしょう打撲だぼくだな。しかし、頭部は外傷がなくても、脳は繊細だからな。いまのところ、自覚症状が出ないだけかもしれんし。しばらくは、注意が必要だな」


「……、……」


 わたしは、脱がされました防具一式を。そして、身体を触られながら、いろいろな質問をされました。


 言っておきますが! 破廉恥はれんちな行為が行われた、とかではありません。


 触診するために、防具が邪魔なために脱がされただけです。質問も症状がでていないか確認するためでした。

 落下前までの記憶が欠如けつじょしてないか? とか、または、吐き気がしないか? とか。あとは、頭痛がするか? とかでした。

 そうそう。

 わたしが、頭痛と眩暈めまいがした! と答えたとき。

 まじめな顔でアートさんが、どんなときにその症状を感じたと聞いてきたので。素直すなおに、ウパニシャッドさんが勝手に動いて、浮いた、ときです。と答えたら。

 少し沈黙したあとに。「ぁー、ぅーん。そ、それは、だ、だいじょうぶぅ、だから。し、しんぱいしないで」と、物凄く丁寧な口調でありながら歯切れの悪い、答えかたをされました。

  アートさんの答えかたが気がかりになった、わたしが。「ほ、ほんとうに! だ、だいじょうぶぅ、な、なんですよね?」と、聞き返すと。

 話を遮るように、「ぇーっと。そ、それは、だ、だいじょうぶな、ヤツですよ」と、聞き取りやすい透き通った声ではなく、しどろもどろした。ウパニシャッドさんがアートさんの代わりに答えてくれました。

 淀みのない雰囲気のウパニシャッドさんが、動揺した反応。

 ……、……。

 ほ、ほんとうに、だ、だいじょう? な、なんでしょうか?

 ――わたし……。



「しかし、ド素人が、あの高さから落ちて、奇跡的な負傷だ。最低でも、骨折してるぞ! 自分の運に感謝することだな」

「は、はい。以後いご、気をつけます!」


 反省を込めた返事をすることしかできませんでした。

 なんなんでしょ!? この威厳いげんというか、貫禄かんろくというか、風格ふうかくというか。

 この特有の……、感じ……。

 ――お医者さまだ!

 どこかで体験したことがあると思っていましたが。お医者さまに、診察してもらっているときの独特の雰囲気でした。

 お医者さまには、小さいときからお世話になっていますから。診察されることに、慣れていると思っていましたが。やっぱり診察する人が変わると、診察される側の受けとる印象も、変わりますね。

 一番の印象の違いの原因は……。

 小生意気な小さなお医者さまに、診てもらっているからかもしれません。そんなことを思いながら、アートさんに視線を向けると。

 小生意気な小さなお医者さまが、わたしの顔を凝視してました。俺の忠告をちゃんと理解しているのか? という意志が伝わってきました。

 一瞬、視線をらすと。

 小生意気な小さなお医者さまは、一つ、ため息をすると。

 

「触診してるときに、質問した症状を感じたら、すぐに言え。あと、四肢や口など、動かしにくいと感じた場合もだ、いいな。あと、少しでも身体に異変を感じたら、迷惑とか考えずに遠慮なく、俺にすぐに言うこと! いいな! もし、俺に言いにくかったら、ウパニシャッドに言えよ。お前の今後の人生に大きく関わってくる可能性があるからな。最悪の場合は……、理解してるよな!」

「は、はい! わかりました。ありがとうございます!」


 頭を下げてお礼を言うと。

 小生意気な小さなお医者さまは、ウパニシャッドさんに手まねきしました。わたしが診察される最中も、ずーっと、ふわ、ふわ、と空中浮遊されてました。

  わたしの身体のことが気がかりだったようで、浮きかたが安定していませんでした。

 ご心配をおかけして、申し訳ありません。

 

 小生意気な小さなお医者さまに、ウパニシャッドさんが近づくと。


「なんですか? マスター」

「自分の治癒力で治せと言いたいが……。さすがに、一二〇〇年前の建造物だからな、擦過傷から破傷風はしょうふうになられたら困る。治療してやってくれ」

「わかりました」


 ウパニシャッドさんは、アートさんから治療の指示を受けると。

 安定して、ふわ、ふわ、と浮遊しながらこちらに向かってきています。わたしの身体が、一応、大丈夫だと。分かったことで、一安心といった感じでしょうか。

 ほんとうに、ご心配をおかけして、申し訳ありません。

 

 ちょうど距離にして、人、一人分までウパニシャッドさんが、わたしに近づいたときでした。急停止し、クルッと反転すると。


「マスター! 痛いのと痛くないのどっちにしておきます~ぅ~」


 あ! いま、わたしに向かってきてた側が、ウパニシャッドの正面になることが、判明しました!

 はっきり言って! どっちが正面か全然わかりません。だって――剣なので。

 特徴がない剣が特徴と言えばいいのでしょうか?

 刀身に特殊な模様や文字などが彫られているわけでもなく。王族や貴族などが、自己主張するために、つば柄頭つかがしら絢爛豪華けんらんごうかな装飾品などをあしらっていることもなく。

  一般的などこの街にでもある武器屋さんで売られている簡素な、片手剣にしか見えません。

  そのぐらい、当たり前に存在する。片手剣にしか見えないのです。

 

 ……、……。


 この剣の真の力をたりにしたら、話は違ってくるでしょうけど。

 なにせ……。

 刀身部分が赤と青、交互に血管のような模様が浮き上がり、持ち主から得体のしれないナニか? を吸収しますし。その力でミノタウロスを一振りで、真っ二つにする切れ味を発揮する剣。

 そして、なによりも、人のような自我を持った剣であり。そのうえに自立可動し、他人とジョークを交えてコミュニケーションができる剣。

 

 わたしが大好きな英雄譚のなかにすら、でてきことがない! 聖剣のなかの聖剣! ウパニシャッド!

 

 ぅん? そう言えば……、ウパニシャッドさん。なにか? 言ってたようなぁ~。  

 

 ……、……。


 ――!? 痛い! 痛くない!


「反省の意味を込めて、痛いヤツにしとけ!」

「は~い」


 アートさんから最終確認を得ると。ウパニシャッドさんは、クルッと、わたしに振り返ると。ふわ、ふわ、と浮遊しながら、再度、こちらに向かってきました。

 黒い濁ったオーラーが見えます。

 ――魔剣! ウパニシャッド!

 

 恐怖心から逃げようとしたときでした。 

 ――か・ら・だ・が・う・ご・か・な・い!


「は~い! 痛いのは最初だけですよぉ~。さ・い・しょ・だ・け!」


 あやしい魅力に心惹かれる美声。それがより、末恐ろしいです。


 ――!?


「ひぃぃぃぃぃーーーーー!!!!!」


 アートさんが背伸びしながら、嫌味満載いやみまんさいに。


「アホな、やっちゃなぁ~! 擦過傷と打撲、程度で。苦痛をともなう治療するわけないやろ!」

「きぃー!」

「ワートさん。本日の診察代――」

「――しんさつだい!」


 剣って持ち主に似るんだと……、勉強になりました……。

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