第五話

 わたしが語った対魔大戦以後の歴史を聞き終わると、突拍子もない挨拶をアートさんがしたあと。

 

 わたしとアートさんの攻防が始まった。

 

 有無も云わさぬ、電光石火で、ぐい、ぐい、と圧力をかけてきます。

 わたしも、負けじと目の奥に力を込めて、その圧力を押し返します。

  現時点では、均衡維持。

 アートさんの視線とわたしの視線が、ぶつかり合い、火花が散りました! ここで押し負けると、主導権はアートさんに握られてしまいます。

 見てくれは子どもでも、一二〇〇年前の対魔大戦の英雄というのは、伊達だてではありません。

 

 さすがです! 押してダメなら引いてみろ!

 ――駆け引きの鉄則!

 無表情にも拘らず口元に笑み浮かべる、アルカイック・スマイルをアートさんは、してきました。

 くッ! その表情を目にしたとき、わたしの思考回路が、まずいと察しました。が! 

 ――遅かった!


「なぁ~、助けたんやから。言わんでも、わかるやろ。じぶん」


 うわ~! この英雄、自分の優位な立場を余すことなく利用してきました。

 確かに、命の恩人なので、お礼をするのは当然のことなのですが。言いかたが、とてもしゃくにさわりました。

 命を助けてもらった。

 どれだけ感謝をしても、足りないぐらいです。わたしができる限りの謝礼をするつもりでした。が!

 ――気が変わりました!

 だいたい! な、なんですか! あ、あの! 挑発的な物言いは!

 きぃー! (心の叫び)

 だんだんと、あのときの出来事を思い出してきましたよ。

 わたしの胸を鷲掴みに揉まれたことや、乙女の大事なファーストキスを奪われてしまった。あの最悪の出来事をです。

 よくよく、考えてみれば。

 少なからず乙女として、できる最高級の謝礼! をしたと言っても過言ではありません。 

 こ、このまま、引き下がることは。で、できません。お、乙女のプライドに賭けてです!

 は、はんげき、か、開始です!


「わ、わたしの……、ふぁ、ふぁーすとキスをさ、さしあげました!」


 はい! やってしまいました。自分で自滅、フラグを立てました。

 

「ほほう。身体でお礼をしたと」 


 にやりと笑ったアートさん。下品な感じでもなく、だからと言って、上品でもない笑み。でも、心のなかでは微笑していることが、唇に浮かんでいました。


「しょ――」


 ワートさんがわたしに。なにか? を言いかけたときでした。


「S! ストーーーーーッッッッッP!」


 目にも留まらぬ早わざでした。

 ウパニシャッドさんの掛け声が聞こえた刹那!

 アートさんの首元に水平に刀身が触れていました。そのまま、スーッと動かせば……。


「ことば。えらんで、ください。ね」


 ささやき声よりも、とても、とても、小さな声でしたが。わたしには、十分過ぎるほどに聞こえました。本気で女性が怒っているときの声です。

 お母さまが本気で怒っているときも、あんな感じです……。(体験談)


「……、……。じょ、じょーく……って……い、いいたか、ってん……」


 苦し紛れの言い訳です。だって、アートさんの顔中から大量の汗が滝のように流れでているのが、いい証拠です。


「……、……」


 無言です、怖いです、ウパニシャッドさん。本気で首を切断、する気、満々なのが、分かります。

 殺気って冷たいんですね。


「……、……」


 アートさんの首元に水平に触れている刀身が、無言のまま、じわり、じわり、とスライドしていきます。


「! す、すみません。ちょ、ちょうしに、の、のってました。は、はんせい、しますぅー!」


 ちょこんと地べたに正座しています、アートさん。かなり、愛らしく見えます。

  大したことではないのですが。わたし、新しく学んだことがあります。いま、アートさんが座っている座りかたを正座と呼ぶそうです。

 ウパニシャッドさんが剣先を地面に突き立てて、ここに正座しなさいと。言っていたのを聞いていたので。

 

 静かな声でのお説教をアートさんは、二十分ぐらい、されてました。

 お説教されている当の本人は、もっと長く、お説教されているように感じていることが想像できます。なぜ、そう、 察しがつくのは。わたしも、多々、お説教される側なので、アートさんの辛さが、 いくらか理解できます。(体験談から)

 

 どうして? 女性のお説教は長いのでしょう。わたしも、女性ですが、謎です。世界、七十七不思議に含まれてもいいと考えています。(持論)

 

 何気無くなのですが。正座と呼ばれる座りかた、見方によっては、非常に優雅な、たたずまいの印象を受けます。

 背中に棒を入れられているのでは? と思ってしまうぐらい。アートさんの背筋が真っ直ぐになっていました。

 ――その凛とした姿。

 本当は反省するための座りかたでは、ないような気がします。ある種、格式のある行義作法ぎょうぎさほうに見受けられました。が!

  今のところは、反省での行義作法みたいです……。

 

 頭だけを、コク、コク、と上下に動かしながら。「すみません」「ほんとうです」「ごめんなさい」「もう、しません」と、一生懸命に反省の言葉をウパニシャッドさんに投げかけていました。

 アートさんの反省と謝罪の言葉のあいま、合間に。師匠は、口に出してはいけない言葉を問答無用に投げ返してました。


「わかりましたね!」

「はい、わかりました。もう、二度とセクハラしません!」


 終わったみたいです、お説教。


「ワートさんに、謝ってくるように!」


 し、ししょう……。剣先をわたしに向けるのヤメて……。おそらく、人の姿なら指で、わたしをしているんだと思います。が。剣なので剣先で指してるようです。 

 でも、人の姿をしていても、人を指差ゆびさすのは、マナー違反です。(一般常識)


 しゅんと頭を垂れたまま、ズボンを引きずりながら。わたしに向かって歩いてきます。ときどき止まっては、ズッたズボンを腰の位置まで頑張って引っ張り上げては、進んできます。

 十歩ぐらい、進んだときでした。

 はた、と、進むことをストップしました。

 

 ?

 

 いきなり上半身を反対側にねじりながら、ウパニシャッドさんに顔を向けると。下まぶたを指で引き下げ、赤い部分を出しながら。

 

「ばーかー! 俺様が、この程度で反省するか!」


 わめきましたよ、このひと!

 

 そして、ウパニシャッドさんに対して、つけ加えるように、舌をだせるだけ出しながら、あおり立て終えると。 

 わたしに、向かって全力疾走してきました。

 ――コロン!

 あ! 転びました。何もないところで、崩れ落ちるように転びました。そのあと、起きてくることもなく、うずくまりながら。必死に、足を押さえていました。


「今です! ワートさん! 足を狙って!」

「は、はい!」


 アートさん、されるがままでした。


「はぁ、はぁ、はぁ~。こ、ころ、殺されるところやったぁ~」


 息切れしながら、涙目になっています。アートさん。

 正座で足が痺れて動けなくなったらしいです。そのときに、痺れている箇所を触れると、結構な痛みがあるそうです。

 足が痺れているために、アートさんは反撃できないため、徹的に痺れている足に、触りまくりました。

 一矢報いっしむくいてやりましたよ、わたし!

 

 アートさんのあの行動は、ウパニシャッドさんの想定範囲だったそうです。付き合いが長いと、行動パターンが手に取るようにわかるらしいです。腐れえんだからせる技だそうです。

 時間差で足が痺れることも、計算のうちだったらしいです。

 恐るべし、師匠!

 ウパニシャッドさんが言うには。

 マスターアートさんに反省という、二文字は存在しないそうです。だからこそ、口で言っても分からないのなら、実力行使あるのみだそうです。

 あと、伝説の英雄って、案外、弱かったです! (個人的感想)

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