第三話

「え! ぁ! わ、わたしは、ワート・スワベージです。は、はじめましてぇー!」


 パニックを起こしていた。少女こと、ワート・スワベージは、なんとか落ち着きを取り戻し。裏返った声と噛みまくりという愛らしい自己紹介を少年が所持していた片手剣こと、ウパニシャッドにするのだった。

 しかし……。

 奇妙なことに一人だけが、この場の空気に馴染めていなかったのだ。少女の命をカッコよく助け出し、ついでに少女のファーストキスをどさくさ紛れに奪い。会話をする特殊な片手剣の持ち主である。

 ――少年だった。

 

 遠くをぽかんとした顔をしたまま放心していた。


「マスター!」

「……、……」


 ウパニシャッドは少年に呼びかけるが、ぽかんとした顔をしたまま放心状態から変化がなかった。


「ワートさん。すみませんが、マスターの顔面にもう一度、あの素晴らしい正拳突きをぶち込んでください、ません」

「え!? なぁ! へぇ!」

 

 ウパニシャッドから丁寧な言葉遣いで、物騒な内容の頼みごとをワートは、お願いされてしまった。

 まさに、青天の霹靂。

 せっかくワートの頭上にあった真っ黒い死の雲が失せ、青い空から生の光が降りそそいで安堵した瞬間に、雷が落とされたのだ。

 感情が大きく揺らいだ。肉体はどの感情が大きく揺らいだのかを体現した。

 それは――動揺。

 ワートは、あわあわと両手を前に出せるだけ出しながら、ウパニシャッドに、これみよがしに、上下左右に慌ただしく動かしながら、拒否した。

 

 当たり前のことだ。あのときは、怒り任せに殴ってしまっただけ。

 いまは違うあのときとは違う。そう強く心のなかで呟きながら、少年に視線をずらし、少年を見る……。

 ぽかんとしたほうけ顔の少年――ワートの心がざわつく。

 たしかにあれは不慮な事故、だったとしても。胸を鷲掴みにし、乙女のファーストキスを奪ったのだから、もう少しそれなりのリアクションがほしかった。

 謝罪の言葉がほしかったわけではない、が。よく恋愛物語の王道展開の一つである。ヒロインとヒーローが、偶然にキスしてしまい。どちらも動揺して、みたいな王道展開があってもよかった。

 が。

 ――そんな、ご都合展開はなく。

 一方的に自分だけが、動揺し、搾取されるだけ。相手側は、無反応どころか! 悪怯わるびれることもなく、逆に挑発してくる始末。

 ――きぃ!

 だんだんとあの瞬間ときのことを思い出してくると、腹が立ってきた。

 

 青いワートの瞳が青白い炎のように輝く。


「……、……。え~っと、ワートさん。殴りたいって表情になってますけど、殴られますか? わたしとしては、そちらのほうが助かるんですけど」 

「ふぇ!?」


 珍妙な口調に絶妙な動き、それにくわえて豊かな感情表現。ワートさんを見ていると、マスターが気にいるのも納得できますねぇ~。

 ――おもしろすぎる!

 おもしろいか? おもしろくないか? で、行動するか? しないか? を決めるのが、我がマスター。ワートさんはマスターにとって、最高の興味対象になったことになる。

 からかいがいのある性格もあるが。それよりも、マスターが、一番、惹かれたのは、あの特異体質だろう。

 人の数倍以上、いや、場合によっては数十倍以上に精神に負担がかっているはずなのに。あれほどまに、感情が豊か。

 よほどの精神力の持ち主と言いたいところですが……。ワートさんを見ていると、ただ、ただ、鈍感な、だけなのかもしれない。と思えてしまいます。

 ――でも。   

 まぁ、いまは、ワートさんのことよりも、アホな顔をしている。我がマスターの意識を戻すことが最優先事項です。

 ワートさんが殴ってやるという雰囲気を出していましたが、わたしが声をかけてしまったがために。その雰囲気は、珍妙な口調と、ともに、どこかに消え失せてしまいましたし。


「はぁ~。しかた、あら、しま、へん、なぁ~」

 

 刀身が鈍く光った。

 ゆっくりとした独特のイントネーションの呟きが、ワートの耳に入っていくる。ウパニシャッドの本性が聞こえたよりも、見えた気がした。

 自分のマスターを正拳突きで殴ってくれというトンデモナイ! 頼みごとをしてくるあたりから、タガが外れている!

 それにあの独特のイントネーション。聞こえかたは温厚に感じるが、チク、チク、ととげがあるように聞こえる話しかた。

 両目を擦り、盛大に瞳孔を開き、話す剣ことウパニシャッドを見据みすえる。

 ――不穏ふおん

 女の感がささやく、腹黒い。ウパニシャッドは少年よりもだ。

 ワートが知るかぎり、マスターとは。師匠やおさ、または、主人。そして、物事の熟達者という意味だと辞書には載っていた。はず……。

 マスターと呼びながらも、まるで、うやまう意味で使っていないマスターという初めて聞く単語だったからかもしれない。

 

 ズル、ズル、っという擦れ引きずる鈍い音がした。ワタシ、ハ、ミタク、ナカッタ。

 ――センセーショナル。

 短時間に繰り返し巻き起こされる命がけの嫌がらせに、頭痛、眩暈めまいがしてきましたよ、わたし。混乱している頭をリセットするために、後ろ手に両手をつきながら状態を反らし、天を見上げることにしました。


「ァ! オオキナ、アナ、ガ、アイテル」


 あの高さから落ちたのに、よく、かすり傷程度ですんだなぁ~。と、思い返します。そのおかげで、ミノタウロスに、大きな斧で身体を真っ二つにされるとろこでした……。

 自然と口から大きく息を吐き出します。すると肺から大量の濁った空気が出ていきました。次に、鼻から息を吸い、新鮮な空気を……。

 そんなに都合よくいきませんでした。砂混じりのほこりと鉄の混じった臭いが鼻腔びこうを刺激しました。

 その刺激のおかげで逃避行を計画していた。わたしの思考が逃避行計画中止の発表したので。ちょっとだけ、勇気を出すことにしました。

 目をらしていても、現実は変わりません。それよりも、受け入れたほうが、いいと。わたしの心が叫びます。

 ――アウトー!

 剣が浮いています。

 ズル、ズル、という音が聞こえてきたときから薄々というよりも、刺さっている地面から抜け出そうと、一生懸命に動いている姿を見てましたから。

 この自我を持った剣――自立可動します!

 

 風に舞う綿毛わたげように、ふわ、ふわ、と、少年の背後に向かって移動していきます。動きから、身体? を魔力で浮遊させ、移動は気流を操作していると推測しました。あくまでも、個人的観察によるものです。

 わたしの人生のなかで、最も短く濃い時間を体験してしまった、が、ため。わたしの精神は、とても図太ずぶとくなってしまいました。

 いえ、ほんとうのことを言えば。

 ――思考放棄しただけです!

 わたしに、もう、考えるな! 状況を見守っていろ! と、おたっしがきたからです。

 だって! わたしが知ってる、どの英雄譚えいゆうたんでも語られることがなかった。特殊、過ぎる剣。

 わたしが、いま、発狂しないで平常心を保つためには、この方法しか、なかったのです。


「なぬ!?」


 声にならない声が出てしまいました。発狂しないまでも、平常心ではいられなかったみたいです。

 わたし。

 少年の背後に、ウパニシャッドさんは回り込み終えると。器用に空中で、やはり身体? で、いいのでしょうか? 反転し、剣のつかの部分を少年に向けました。


「えい!」


 妖艶ようえんなかけ声。


 わかってました、わかってましたよ。このながれ!

 少年の後ろに回り込んだあたりから、ぼやっとですが予想できてましたし。空中で反転して、剣の柄を少年に向けたタイミングで、わたしの予想は確信に変わりました。

 ――クリティカルヒット!

 鈍く重い音が聞こえました。ガン! って……。


 後頭部を両手で抑え、地面にこうべれている少年。


「マスターの大好きな。ツッコミです」


 妖艶な声ながら抑揚のない口調で、少年に話しかける。ウパニシャッドさん。


「先に言っとくけど。こ・れ・は! ツッコミや、なくて、突っ込みや、からな! そこんところ、勘違いしたらあきまへんで、ウパニシャッドはん。あとは、精進しょうじんあるのみやで」


 涙目になりながら、ウパニシャッドさんに向かって話しかける少年。

 少年の独特の口調に、ウパニシャッドさんの独特の口調が、入り交じってました。その話しかたには、違和感をあまり感じられませんでした。二人とも、イントネーションが、近いからかもしれません。

 しいて言えば。

 怒っているのか? 叱っているのか? 褒めているのか? 複雑極まりない、お説教が気になりました。


「ありがとうございます」


 ウパニシャッドさんも、淡々とした返事をしました。

 二人の意味のわからない、勢いある掛け合いに圧倒されて、ます。

 ――わたし。

 

 あれ? もしかして、わたしのこと? 二人とも忘れているのでは?

 存在しますと意思表示するように、わたしは片手を上げながら。


「あの〜」


 っと。声をかけるのでした。

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