9.2 放課後どっか行こうよ
あとはこの先端を吹けばいいのかな。
「小月さん、吹くよ」
「お願い」
そこでふと顔を上げて、正面の若い男性と目が合ってしまう。
見覚えがある。この前小月さんでつんつんしちゃった人だ。
前回は股間を押し出した男子高校生だったが、今日は股間から管を伸ばしてくわえている男子高校生だ。あまり人に見られていい姿じゃない。
どうしていいか分からず思わず会釈してしまう。
無言で固まる男性。
あれ、フレンドリーに微笑んだつもりだったんだけど顔こわばってたかな。
「まだ?」
状況が分からない小月さんから催促がくる。
「じゃあいくよ」
「うん」
換気用、といっても管はかなり細い。おそらく目立たないようにしてくれたのだろう。軽くふっ、と吹くぐらいじゃ空気が先まで抜けない。
そもそも直接風があたるわけじゃないから大きく空気を動かさなきゃいけないしな。大きく息を吸い込んで、今度は思いっきり吹く。
ぷーーーーーーーーうっ!
通勤電車で盛大に鳴り響くおならサウンド。
これはやってしまった。
もともと静かだった電車内がさらに静まりかえる。
「ふっ」
テンパりすぎて、意味が分からない笑いがこぼれてしまった。
そんないたたまれない思いをしていたら目の前に小月さんが戻ってくれた。
正直助かる。こういうときは誰か横で笑い飛ばしてくれる人がいたほうが気が楽だ。一人はきつい。
「鼓膜ちぎれるかと思った」
「すごい音がした」
「奈美ちゃんにはほんと感謝だけど、これはいまいちだったねー」
あ、こういう話あんまりしないほうがいいかな。でも内容分かる人は多分いないしいっか。
電車内で小月さんが小さくなっていたことを考えれば無難に上大座に到着。上大座で乗り換えた後の北尾線は人が少ない。少し落ち着いて話ができる。
「上大座までもいつもこれぐらい空いてればいいのにー」
「ぎりぎり遅刻はしないですむかな」
「そうだね。池辻くん、昨晩はお疲れ様」
「日向さんのこと? 全然。小月さんも付き合って起きててくれたんだよね。ありがとう」
「おかげで二人とも遅くなっちゃったけどね」
目を合わせたまま肩をすくませて、えへへ、と笑う小月さんが可愛い。
「じゃあどうぞ」
「なにが?」
「昨日の宿題。俺のこと好きって2回言わないと」
「え。それ続くの?」
「続くよ」
「いや、電車だし」
「俺は気にしない」
「私は気にするよ」
「言わないとまた俺が言うよ。そしたらまた回数増えるよ」
「そういうもん?」
「そういうもん」
「……池辻くんがいじめる」
「小月さんが可愛いのが悪い」
「またそういう……じゃ、じゃあ電車降りたらね」
「だめ。言わないとこのまま降りない」
「うー。じゃあほら、耳貸して」
小月さんが座ったまま背筋を伸ばすようにして、俺の耳に手でわっかを作って密着する。そのまま耳元で早口で3回好きです、と言ってくれた。
「ほ、ほら。ちゃんと言ったよ。しかも私のほうが一回多いよ」
「……」
「あれ、池辻くん?」
「は。小月さんが可愛すぎて意識が飛んでた」
「なにそれ。まあでも喜んでるんならいいや」
「めっちゃ幸せ」
「おおげさだなぁ。ふふ。あとさ、放課後どっか行こうよ」
「学校終わってから?」
「そそ。私たち、一緒にいる時間長いけどまだお出かけしてない」
「どこへ?」
「決めてない。後で相談しよ」
「りょ。ああそだ、小月さん、好きだよ」
「……」
「これで借金なし」
「今のはだめです。場所をわきまえないのはカウントされません」
「でも誰も乗ってないし」
「学校の子が乗ってるでしょ。恥ずかしいよ。……あれ、ほんとに人いない?」
外を見ると、知ってはいるけどあまり馴染みのない駅を出発したところだった。
……乗り過ごしたな、これ。
北尾線は下りで乗客が少ない。朝は同じ手多高校の学生がまばらにいる程度だ。その学生も今は誰もいない。
結局二人で遅刻してしまった。
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