裏話:赤薔薇の支援
コードネーム:シラユキ
所属:赤薔薇の城
担当区域:幹部のため固定なし
現在の任務:司教直属の部下ゆえに、あちこちを調査や討伐のために飛び回っている
パートナー:ノワール
***
「……というわけで、西の地ヴァイスに行くぞ」
【白薔薇の門】からの救援要請を受けて、西の地から近場の任務帰りであったシラユキは、ノワールを連れて急遽ヴァイスへ向かうことになった。
「……管轄外なのに受けるのか?」
「赤薔薇は【野薔薇】の本部だからな」
【赤薔薇の城】の管轄は基本的には中央の地ヴェルメリオだが、一応【野薔薇】の本部であることと、立地の関係で四方に出向きやすいことから、所属の祓魔師は要請があれば東西南北へ応援に駆けつけるのが、元々の役割でもあった。
「それに、子爵クラスが出たんだ……今の白薔薇では手に負えない」
貴族階級の吸血鬼が出現した場合、場所に関わらず各地の拠点へ緊急アラートが鳴り、速やかに情報共有されると共に、動ける祓魔師はいつでも応援に駆けつけられるように待機することになっている。
本来なら。
優秀で即戦力になる人材の不足、および【野薔薇】内部のごたごたのせいで、現場支援が上手く機能していないのが現状であった。
だから、司教経由で情報を得たシラユキが動いた。
おそらく今回の件に、シラユキ以外の応援は来ないだろう。事態が収拾した頃なら、事後処理に【白薔薇】は動くだろうが。
これは考えたところで、組織を動かせる立場にないシラユキには、どうすることもできないことだ。
幹部ゆえに自由に行動できる祓魔師としてシラユキは、ノワールと共に今おのれに出来ることをするしかない。
それに今回の救援要請の申請者である【白薔薇】の祓魔師ツバキは、シラユキの顔見知りでもある。
そしてもう一人。今はユリウス神父と名乗っているらしい、もう同僚ではなくなってしまったが、シラユキとしては珍しく信用しているし信頼できる大人。
「あと……ついでに依頼品も渡せるし」
「ついで?」
「個人的な頼まれごと」
内緒、と呟いたシラユキに、特に興味もなかったのだろうノワールはそれ以上追求してはこなかった。
救援要請先へ最短で移動するための【転移術式】を展開しながら、シラユキはノワールと情報整理をしておく。
「今向かってる子爵邸には、救援要請をした白薔薇の祓魔師が先行してる」
「何故? 白薔薇の手には負えない案件なんだろう?」
「あぁ、今の白薔薇にはな。先行してるのは、ツバキっていう……半吸血鬼で、前の代からいる白薔薇の祓魔師だから、今の新入りより優秀。それに現場にもう一人、リコリスさんって人がいるはずなんだけど……救援要請なんだよな……?」
首を傾げて考え込むシラユキに、ノワールが問う。
「何かおかしいのか?」
「リコリスさんは、前の白薔薇幹部。超強い」
「カミシロよりか」
「いや、そこと比べんなよ……」
【野薔薇】のトップである神代司教が一番最強に決まってる。
今回の救援要請の内容は、ウィスティリアの町の人間と居合わせた神父が子爵の手下に攫われたとのことで。
白薔薇が先行して救出に向かうので、子爵の討伐を依頼したいとの旨だった。
「あの人が子爵程度に囚われるとは思えないんだけどなぁ……何かイレギュラーか、まぁでも、邸内にいるなら大丈夫だと思うけど……」
独り言を呟くシラユキをノワールは黙って見守っている。
何故と聞いてはくるが、基本的にノワールは任務に興味がない。
「あっ、あと一番の重要事項! 今回は、陽炎一族の吸血鬼も現場にいるから、間違って祓わないように!」
「何故?」
「おまえホント知らないんだな……陽炎一族は、ウィスティリアの町で人間と共存してる吸血鬼集団。人間は襲わないって【野薔薇】と協定結んでる、一応味方。立場的には、おまえと似たような感じ」
ノワールも生粋の純血種の吸血鬼でありながら、どうしてこうなったのかシラユキには今でも分からないが人間の祓魔師組織【野薔薇】の、いや正確にはシラユキ個人の味方側についてくれている。
人間に味方してくれる陽炎一族は攻撃してはいけない覚えておけ、とシラユキはノワールに言い聞かせた。
「……どうやって敵と区別をつける?」
「いや、おれたちの任務は子爵を祓うだけだし」
現場が混戦にでもなっていない限り、間違うことはないだろう。
一応祓ってはいけない吸血鬼リストの顔は、シラユキの頭の中に入っている。
それにノワールの役割は、偵察と狙撃に集中する無防備なシラユキの背中を守ることだけだ、前線に出ない限り交戦することもないだろう。
***
屋敷を囲む森の中、樹上に陣取ったシラユキとノワールは、遠巻きに子爵邸の様子を観察していた。
「【隠密術式】無音ノ帳」
自分たちの発する音と存在感を限りなく消す術式をかけ、注意深く戦況を探る。
子爵の屋敷は窓がない。先行している白薔薇のツバキから事前に送られてきていた屋敷の見取り図を脳内で広げながら、シラユキはノワールに短く問う。
「ノワール、状況」
ライフルを構えスコープを覗き込んだまま端的に尋ねたシラユキに、ノワールが淡々と答える。
「強い吸血鬼の気配は一、おそらく子爵。その子爵の眷属の気配が複数。野薔薇の気配が一、邸内に人間が一人、変わった匂いの人間が二人、その内の一人が眷属の吸血鬼の気配に追われている」
ノワールは、人並み外れた視力と嗅覚、それと吸血鬼の魔力や人間の霊力、気配を鋭敏に感知して、邸内の偵察結果をシラユキに報告してくれる。
「人間の場所と敵の数」
「人間が一人屋敷の出口を目指して移動している、それに追随する眷属の吸血鬼の気配が一、さらにその付近に外部からの侵入者と思われる吸血鬼の気配が多数、目視できたのは三」
「外のはたぶん、ウィスティリアの陽炎一族だな……目視の中に、夜色の髪に灯火色の眼の男はいたか? もしくは、サングラスかけた赤銅色の髪の男」
陽炎一族のリーダー格と右腕の吸血鬼の特徴を上げれば、ノワールがすぐに答える。
「サングラスはいた。……残る二人の人間の近くにも、変わった吸血鬼の気配があるが」
「霊力高い人間は?」
「こっちだな」
「じゃあそっちが、リコリスさんだ。もう一人は一般人か……?」
さてどうしようかなと、シラユキが微動だにしないまま思考を巡らせた時、子爵邸の大広間に該当する場所の上空に、屋根を突き破って信号弾が上がった。
「……あれは?」
「ポイント。標的、つまりは子爵の位置」
おそらく先行している白薔薇のツバキからの合図だろう。単独でここまでできるのだから、彼はかなり優秀な人材だ。
「狙えそうか?」
「壁壊して貰えたら余裕」
よし先にこっちで肩慣らしさせてもらおう、と決めたシラユキは屋敷の玄関口に向けてライフルを構え直す。
そこでタイミングが良く、爆風の余波が森の木々を揺らし、遅れて爆発音が響いて屋敷の壁が破壊された。
「外壁が崩された」
「見えてる」
きっと救出にきた陽炎一族の仕業だろう。おかげで狙いやすくなった。
スコープ越しに、見知った顔の人間と対峙する見知らぬ顔の執事服の吸血鬼の姿がシラユキにも確認できた。
風が止み、枝葉の葉擦れも落ち着いてきた。
頭の中の殺してはいけない吸血鬼リストで一応再確認してからシラユキは、まったく見知らぬ顔の子爵の眷属吸血鬼へ向けて、躊躇いなく引き金を引いた。
「……的中だ」
ノワールが結果を報告してくるのをシラユキは当然のように受け取る。
陽炎一族の右腕に当たるサングラスをした吸血鬼だけが、素早くこちらの方角を振り返ったのはさすがだ。
さて肩慣らしは済んだ。本命は子爵である。
「スノウ、子爵はどうする?」
「待つ」
ポイントは分かっている。
後は、ひたすら好機を待つしかない。
ただ、標的は子爵であるゆえ、油断は禁物だ。貴族階級には当たり前が通用しないと思っておいたほうがいい。
「ノワール、一瞬だけ子爵の気を引くことはできるか?」
「やり方は?」
「任せる」
ノワールが考え込むように黙り込んだ。
もし動きを一瞬でも止めてくれるならば確実に仕留められる可能性が上がるだけで、無理なら無理でそれでも構わない。
シラユキは、ライフルに特別製の銀弾を装填する。当たれば吸血鬼を死に至らしめるおのれの毒血を込めた弾丸だ。
スコープの向こう側の戦場へ意識を集中させ、沈黙したシラユキはじっと待機する。
置物の如く森の中に溶け込んだ二人だが、邸内の戦場の音を拾っていたノワールが、ふいにシラユキを呼ぶ。
「スノウ」
ライフルを構えスコープを覗き込んだままシラユキは、場の空気が澄んだ静謐なものに浄化されていくのを肌で察知する。
「……きたな」
シラユキが見知った清らかな霊力を感知した刹那、屋敷の大広間に当たる場所の外壁が吹き飛び、綺麗に穴が穿たれた。
差し込んだ月明かりが室内の状況を照らし出してくれる。
「室内に吸血鬼二、人間一確認。三カウント」
ノワールが呟き、心の内でカウントしながらシラユキがスコープ越しに標的の姿を確認した直後、シラユキたちが潜んでいる森の木々が風もないのに枝葉を揺らしてざわめき、寝静まっていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
ほぼ同時に、周囲のざわめきをよそに微動だにせず、ただ無心に標的だけを見据えていたシラユキは引き金を引いた。
「的中だ」
シラユキは深く息を吐いた。
「……おまえ、今何した?」
覗いたスコープ越しに、驚愕の表情を浮かべていた子爵の姿がまだ目の前に焼きついている。
あの一瞬、子爵が不自然に動きを止めてこちらを見た。
「殺気を子爵にぶつけただけだ」
こいつ殺気とか出せたんだな、とシラユキは内心で思った。
「支援完了だ。せっかくだから、リコリスさんに挨拶して行こうかな〜……あーでも、おまえがいたらマズイか……」
元人間の半吸血鬼の祓魔師なら【野薔薇】にいるが、ノワールは純血種の吸血鬼である。今組んでいるパートナーです、と簡単に説明するのは少々難しい。
いやでもちょっと顔見せるだけなら駄目かな、とシラユキはノワールを見上げて百面相する。
「何故? 俺が吸血鬼だからか?」
「それもある……おまえさ、レアブラッドって知ってる?」
「知らない」
即答かおまえ、とシラユキはノワールを半眼で胡乱げに見据えてしまう。
「マジか……おまえホントに吸血鬼?」
「これでも純血種だ」
吸血鬼のくせに血は飲まないし、人も襲わないし、林檎ばかり食べるし、一般常識ないし、なんか懐かれて人間のシラユキにのこのこついてくるし、ほんとこいつ何なんだろうとシラユキは不思議に思う。
「あの人、公爵に狙われてる特殊体質の人間。おれと真逆の」
シラユキの血は吸血鬼には毒であるが、彼の血は吸血鬼にとっては貴重な極上のご馳走である。
「大変そうだな」
他人事のように興味なさそうに言うノワールを見て、シラユキは諦めた。
こいつにデリカシーって言葉知ってるか確認してからでないと失言しかねない。
お互い状況が落ち着いている時に、ちゃんときちんとした形で紹介したほうがお互いの心の準備というか、その方が良いような気がしてきた。
「……やっぱ会うのやめとくわ」
「何故?」
こてんとノワールが首を傾げた時、シラユキの端末に暗号文が届いた。
「……新しい任務。ウィリディスに行けってさ」
この頃司教の人使い荒いなぁ、とシラユキはため息を吐いてぼやいた。
***
新しい任務先へ行く前に、シラユキはウィスティリアの町に寄り道をした。
「――……ねぇ、そこのお兄さん」
シラユキが資料で一方的に顔を知っている人間、ウィスティリアの住人ルーク・マーチを呼び止める。
今回、子爵に誘拐された被害者の人間、ウィスティリアの陽炎一族に守られているレアブラッドの人間。
「えっ、俺?」
振り返った人畜無害そうな青年に、シラユキは【野薔薇】の制服である赤いフードを目深に被った姿で話しかける。
「これ、神父さんに渡しておいてくれない? 林檎のお届けですって、言えばわかると思うから」
本当は直接渡して挨拶くらいしたかったんだけど時間がなくてさ、と本音混じりに頼み込む。
「えっと、いいけど……あっ、ちょっと待って! きみの名前は?」
承諾してくれたルークに『特製の銀弾』が入った小さな巾着袋を手渡して、シラユキはくるりと身軽に踵を返す。
「じゃあ、よろしく」
ルークの問いにはあえて答えず、シラユキは笑ってひらひらと手を振った。
「必ず渡してよ!」
大事な物だから、と叫んで届け物を託したシラユキは隠れていたノワールを連れて、次の任務先へと向かったのだった。
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