私の死ぬ理由

@ba-undyne

第1話

「この告白は、私にとっては私の存在そのものとなり、君にとってはどうでもいい手紙となるかもしれない。客観的に見れば、遺書であるし、主観的に見れば恥のすべてともいえよう。それでも、このことについて書こうなどと思ったのは、君に私が死ぬ理由を知っておいて欲しかったからだ。私にとって存在の第一条件は他者からの認知があるということだ。そしてその認知がなくなったとき、どんな生物も認知なくしての存在など到底あり得ない。他人からそこに居ると思われる限り生物は存在している。存在自体がなかった私にとってその認知は君一人だった。私の手紙を読み、私の肉体的死を哀しみ、泣いてくれる。そんな他人は君しかいなかった。両親をなくし、死んでいた私を生き返らせてくれたのは君だ。感謝を言いたい。生きることがこんなにも嬉しいことだったとは思いもしなかった。一度、生きることを経験すると死ぬことが怖くなることもわかった。けれど、私は死を恐れてはいない、むしろ光に向かって進んでいるような気さえするのだ。生きる理由がない私はもはや迷うことなく死ねる。それに、理由がなくなった瞬間に、一つの目標ができた。なあ、だから遺書の文字も震えてないだろう。死を望む私にとって最期の手紙など必要ないが、私に存在を与える唯一の君だけにはどうして私が死ぬのかを知っておいてほしかった。これは君だけに送った手紙だ。遺書などという尊いものでは決してない。私は初めて私の意志で君に話をする。死ぬ前の戯言だと思って遺書だとは思わずに聞いてくれ。

話は15年前に遡る。私は君と出会ったこの街からはるか遠く、東の果てにある名前もない小さな田舎の村に住んでいた。当時、私は両親と藁葺き小屋に暮らしていた。私を食べさせるために朝から晩まで働いてくれる両親の代わりに、隣に住むバァが世話をしてくれていた。そのまた隣に住む若夫婦は喧嘩が絶えないようだったけど喧嘩の後はすぐに笑いあっていた。その村の人々は、時々私が風邪をひくと自分のことのように心配してくれて、私がいけないことをしたらこれでもかと叱ってくれる。ここのように裕福な街ではなかったが、慈愛に満ちた幸せな暮らしの中で私は育った。村の中央には小さな井戸が設けられていてその周囲を囲むように家々が立ち並ぶ、私の家は私の背より少し大きいくらいの茂みを抜けた外れたところにあったが、子供の足でも、走れば3分で着く距離にあった。時々来る食糧車(食料を運んでくる車)で食事に困ることはないが、ほとんどの住民は畑で作物を作り、自給自足の生活をしていた。どこかの家が不作だった、とか、多く作りすぎてしまったとか、何かと問題が起これば皆で助け合い、互いに足りない部分を補いあった。貧しい村ではあったが、充実した生活を私は送っていた。そうして私が7歳の誕生日を迎えて1、2週間が経ったころ、その暮らしは突然終わった。ある日の夜、私は異様な臭いと熱さに起こされた。隣で寝ていたはずの両親がいない。子どもながらにただ事ではないことはわかった。私は外に出ると、あの井戸がある村の中央に向って走り出した。茂みをぬけると私の全身を熱風が包んだ。燃え盛る家々はあたりを昼のように明るくしている。体中にやけどを負った者は井戸の水を求めてか、かなり深くまで掘ってある井戸に身を投げていた。私は見ていることしかできなかったが、そこにははっきりと次々に焼け死んでいく人の中に時々耐熱服を着た人がいたのを覚えている。そいつらが村の全てを燃やしていることも理解できた。だからといって、たかが7歳の私になにができるものか。あとになって知ったのだが、あの村の地下にはまだ発見されていなかった莫大な資源があったらしい。私たちは資源のために殺される。私もすぐに殺される。そんなことは子供であった私にも理解ができた。動けない。人は死が目前に迫ると恐怖で足が硬直し、動けなくなる。すると、火がパラパラと燻っている瓦礫の裏から声がした。ニゲロ、ニゲロ。ただそれだけを繰り返していた。死の恐怖はその声の主にかき消された。その声から逃れるように私は夢中になって駆けた。誰も追いつけなくなるほど遠くまで行こう。あの声が聞こえなくなるまで遠くへ行こうと。あれから15年、今になってもあの「ニゲロ、ニゲロ。」が頭にこびりついて離れない。この虐殺はどこの村に行っても報せはなかった。あれは私しか知らない出来事だ。私には想像もできないような権力を持つ人と私しか知らない重要な出来事なのだ。この事実は私にさらなる恐怖を覚えさせた。君にこの恐怖がわかるか。君の記憶にある一番の恐怖と比べる必要はない。しかし、私はこの恐怖こそ誰よりも私が誇れる恐怖だと言える。

その後の私は君の知るところだ。

結果、私の周囲に私を認知する者は君以外いなくなったわけだ。人は認知によって初めて存在することのできる生き物だと私は言ったな。存在するということは生きるということだ。私は君が死んだ今、私を認知する最後の人間を失った。君は生来、友好的な性格だったから死んだ後でも周囲の人間の認知によって生かされるだろうが、私はそうはいかない。そもそも君なしでは存在できない身だからな。私ももう子供ではない。逃げるばかりでなく追いかけてみることにした。こんな活力を私に与えてくれたのは君の存在が大きい。生との決別は決して生への諦めではない。私は私を認知してくれる人の元へ向かう。そしてもう一度生きてみたいのだ。そうだ、目標と言ったな。目標はこれだ。もう一度生きること。もはや私に巣食う巨大な恐怖は消えた。だから、私は希望を持って死のうと思う。どうか私のことは忘れないでいてほしい。」2月24日

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