第4話 大袈裟な被害者

 少女たちはベンチから離れると、落胆しながらお互いに話し合った。


「ねーどうする? なに描こうか? やっぱり花とか?」

「特に珍しいものなんてないからなー」

「じゃあ真名ちゃんがモデルになっちゃ~うっ」


 突然提案するや、真名は道具をその辺に投げ飛ばすと、ついでに全身から色彩を大量放出して、その場で色っぽいポーズを取った。

 すると瞬時に真名に精神操作された生徒たちが、ちらちらと視線を向けてくる。


「お。なあ、あれ見ろよ。面白いことやってるぜ」

「なんだあいつら、人物画やるのか?」

「今日のテーマは自然だろ? 人類は地球の生態系を脅かす癌細胞だからアウトじゃん」

「でも一説によると、人類も元は自然の中で生まれた生命体だから、その人類が生み出した近代科学や核兵器や都市国家も、ある意味自然の産物っていう話もあるぜ?」

「じゃあなに? あの子たちはそんな線引きの難しい曖昧な概念に自ら切り込んで、人間原理に挑戦しようとしてるの? 無茶よ! 危険すぎるわ!?」


 ギャラリーが急き立てると、真名も調子が出てきて様々なポージングをする。


「ねえどうこれセクシャル? 真名ちゃん今セックシュアル?」

「ハァハァ……んだよあれ、こんなん我慢できるわけねーじゃん!? 卑怯だよ!」

「俺もう我慢できねぇ! ちょっとズボン脱いでかくわ!」


 やがて熱に浮かされた男子たちが声援を送り始める。

 その様子を見ていた女子たちは、周囲の勢いに圧倒されて目を見張る。


「真名ちゃんすごーい! 自分でモデルやっちゃうなんて」

「せっかくだし私たちも描こ。どうせなにも思いつかないんだし」


 楽しげに言い、女子たちが道具を持って駆け出したときだった。


「あっち行ってみようぜ! なんかスゲーものあるかも!」

「ちょっと待てよ、俺まだ描いてる途中なんだけど!」

「あははは楽しあははっ。もーなんでも楽しいあー楽しっ」


 そこに、騒ぎながら勢いよく走って来る、数人の男子たちが。


「うわあ!」


 突然のことに驚いて身を引く女子陣。

 最後の一人が通り過ぎようとした直前、先頭にいた萌は、その相手を見るや一瞬にして血色を変えた。そして強引にでも相手との接触を避けようと、萌は無理に体を捻る。

 それはむしろ相手との距離を埋めてしまい、逆にお互いぶつかりそうになった。

 だが幸い軽く肩が掠る程度で済み、萌はすてんと地面に尻餅をつく。


「うっ……。あーんもー、いったぁーい!」


 小さく呻くと萌は打った腰を擦った。


「萌ちゃん大丈夫? あー、服汚れちゃってる。どこも怪我してない?」

「立てる? はい、手、掴んでいいよ」

「うん、ありがと……」


 萌を心配した少女たちはすぐに萌を囲うと、気遣いの言葉をかけた。手が差し出されると萌はお礼を言い、遠慮なくその手を握って立ち上がる。

 途端に女子陣は視線を鋭くすると、萌とぶつかった相手――地面に尻餅をついた佐沼を睨みつけた。


「ちょっと危ないでしょ! 怪我したらどうするの!?」

「萌ちゃん転んじゃったじゃん、気をつけてよ!」

「え? あ、えと……」


 同時に叱咤されると、佐沼は戸惑った様子で身を捩った。

 だがすぐに萌に向き直ると、おどおどしながら近づいていく。


「あ、あのごめ――」

「ひぃ!? な、なに!」


 謝りかけたとき、萌は異常なほどの怯えを見せて、バッと身を引いた。

 そして先程佐沼と接触した肩を、まるで埃でも払うような手つきでぱっぱと叩く。


「え? いや、僕はただ謝ろうと――」

「いやあ! 近づかないでよ気持ち悪いっ! 触らないでぇ!」


 佐沼が中途半端な位置で手を浮かして一歩詰めると、萌は顔を青くして思い切りその手を叩き、ぱしっと乾いた音を響かせた。

 微弱な痛みが指先からじんわりと広がるのを両者は確認する。お互いの指と指が軽く掠ったのだ。萌が接触した指先を見て徐々に青ざめると、佐沼は慌てて言葉を紡ぐ。


「ご、ごめん! 今のはわざとじゃなくて!」

「ふっ、うぅ……うわあああああああああああんっ!」


 萌は顔をくしゃりとさせると、大声を上げて泣き喚いた。

 その声量は道行く人たちを驚かせ、誰もがこちらを一瞥する。


「なにしてんのあんた! 女の子泣かしてなんのつもり!?」

「女の子に暴力振るうなんてほんっっっと最っ低!」


 萌が爆発したような勢いで大号泣すると、誘爆の如く女子たちは般若の形相で一斉に佐沼を責め立てた。あまりの不条理に佐沼はぎょっとする。


「そんな!? ただ軽く手がぶつかっただけなのに……」


 女子たちは真っ赤な顔で何事か叫びながら、ありったけの怒りを佐沼にぶつける。

 どんどん収拾がつかなくなる事態に、佐沼の顔に冷や汗が浮んだときだった。


「うっせぇぞお前ら! 静かにしろ!」

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