第8話 望んだ結末は……
騒ぎのあと、少女はすぐに救急車に運ばれていった。
まだ授業中の教室の窓から、サイレンに気づいた生徒たちが顔を覗かせる。真名と咲は、誰の目にも入らない昇降口でその様子を見ていた。
すると外で見送っていた教師陣がぞろぞろと戻ってくる。
「そうなんです、腕が酷い方向に折れていて……」
「えぇ!? いったいなにをしたらそんな骨折の仕方するんですかっ?」
「廊下で一人、気を失っていたっていうのも変だな……。聞くところによると、友達を保健室に連れて行く途中だったとか――」
すぐにそんな会話が聞こえてきた。また真名が力を使ったのだろう、教師陣は真名たちに目を止めることなく、ひそひそと話しながら職員室へ帰っていく。
「さっき、廊下で力緩めたの……なんで私の思念体を消したの?」
やがて沈黙が訪れると、咲は緊張の面持ちで俯いたまま、ぼそりと真名に問う。その顔は今なお青ざめており、体も少し震えていた。
恐る恐る問われた質問に、真名はきょとんとしながら答える。
「え? だって咲ちゃん、あの子を助けたいって思ってなかったでしょ?」
「……っ」
あっさりと答える真名に、咲は肩をぴくりとさせた。それは図星である証拠。
だが咲は、自分でも認めてなお、真名に抗議の目を向ける。
「だからって見捨てることないじゃん。下手したら死んでたかも知れないんだよ!?」
「いやいや、あの程度の気持ちだったらそもそも敵に敵わなかったって。それだけ咲ちゃん、あの子を助けたいって気持ちが薄れてたんだよ?」
真名はまったく怒りを籠めず、軽い調子で言い返した。
そのさり気ない指摘は、咲も自分で認めたくない心の闇を明るみに出す。
「えっ……えぇ? な、なんで私がそんなこと……」
「そもそもの話、一瞬でも咲ちゃんがあの子に死んでほしいって本気で思ったから、言葉に意思が宿ってあの子を襲ったんだし」
「そ、そんな……っ」
「ていうか、咲ちゃんこそわざと殺意湧かせてたじゃーん。本当はあの子に死んでほしかったんでしょ~?」
軽い調子で告げられた真実に咲は絶句した。なおも真名は続ける。
「あのとき咲ちゃんが本気で助けたいって思ってれば、すぐに相殺できた。でもあの子に悪口言われたとき、咲ちゃんの意志は物凄く弱まったし、思念体も小さくなった。それどころかあの子を殺そうとしてた敵の方が強くなったんだよ。それって、本当はあの子を殺してやりたいって、心の底から思ってたってことだよね?」
「え……う?」
「あれ? もしかして咲ちゃん、自分でやったのに気づいてないの? んっもぉ~、咲ちゃんったら、おっちょこちょいなんだからーぁ」
ぷぷぷ、と笑いながら真名は咲をからかう。
だが咲はそれどころではなかった。自分の心の奥底で眠るどす黒い部分を目の前で晒され、人を一人を殺しかけた事実に気づいて、心から打ち震える。
「わ、私が……? あいつを殺そうと……?」
「だからあの子の意志でどうにかするしかないなーって思って、わざと咲ちゃんの思念体を消したの。死にかければ、今度はあの子から死にたくないって気持ちが湧き出ると思ったからね。そしたらもードンピシャ! 次から次へとじゃんじゃん湧き出て、簡単に相殺できたよ! さっすが真名ちゃん、冴えてる~うっ」
「……いや、ていうか、そもそもあんなことしなくても、あんたの力を使えばすぐに消したりできたんじゃないの……?」
「え? ……あ、ほんとだ! そっかー、その手もあったねー」
真名はてへへと笑いながら後頭部を掻いた。
どこまでも能天気な真名に、咲は怒る気力も湧かなかった。それよりも、ついに己の心の闇を認めたことで落ち込む。そして暗い表情のまま、ぼそりと呟いた。
「……私、最低だね。死んでほしかったなんて……凄く嫌な子」
「そんなことないよ。咲ちゃんがいなかったらあの子たちみんな死んでたかもしれないし」
「え?」
「だって元々、真名ちゃんはどうにかしようなんて思ってなかったもん。保健室で咲ちゃんがどうにかしてって頼んだからそうしただけ。咲ちゃんはいい子だよ!」
純真無垢な表情で自信満々に言うと、真名は咲の頭を偉い偉いと撫でた。
くすぐるような感触に身を捩りながらも、咲は困った表情をする。
「そんなこと……。私ね、あいつがあれに潰されて悲鳴を上げたとき、本当に死ぬんじゃないかって怖くなった。でも本当に怖かったのは、あいつが死ぬことじゃない。私が原因で死ぬのが嫌で、あんたにどうにかしてって頼んだの。だから……」
「うん。だから私も、このままだと咲ちゃん後悔するかなーって思って咄嗟に思いついたの。真名ちゃんあったまい~でしょっ!」
ぴんと指を立てて自慢げに言う真名。そんな様子に咲は当惑した。
「えっと……私のこと、嫌いにならないの? 凄く嫌味な奴だったとはいえ、心の底から死んでほしいって思ったんだよ? それで本当に死にかけて、あんたにも迷惑かけたし」
「んぇ? 咲ちゃんは嫌われたいの?」
「そうじゃないけど。でもなにか謝った方がいいかなって……報いっていうか。それに今でもあいつに思ってるもん。本当に死ねばよかったのにって――」
それは嘘偽りのない咲の本音だった。
だがそう告げた咲からピリピリした空気は感じられない。それどころかゾッとするほど穏やかで、更に言えば、少し残念そうな雰囲気が言葉の端々から窺える。
「私って、おかしいのかな? 本気で死んでほしいなんて……ねえ、どう思う?」
顔を上げて真名に問う。その瞳には憂いが含まれていた。
そんな咲を安心させるように、真名は首を振る。
「ううん、そんなことないよ。咲ちゃんのその気持ちはどこもおかしくない」
「……なんでそう言い切れるの?」
「みんな誰かに対して、同じようなことを思ってるからだよ」
相変わらず無邪気な笑顔で真名は言った。
それが真実だと、大衆が一度は芽生える衝動であると、穏やかな目で訴える。
「……」
だが咲はそれで納得しなかった。今でもなにかしら罰を受けて然るべきと思っているのか、咲は居心地が悪そうに委縮して、足元に目を落とす。
それに真名は「ん~」と顎に指を当てると、ぱあっと花を咲かせた。
「じゃあ今度からあんたじゃなくて、真名ちゃんって呼んでよ。お友達になろ? それが真名ちゃんから咲ちゃんに送る罰ってことで」
楽しそうに告げる真名。予想外の提案に咲は面食らう。
「え? そ、そんなんでいいの? 私、結構酷いことしたと思うんだけど……」
「んー。正直咲ちゃんの感じてる罪悪感とか、真名ちゃんにはよくわからないんだけど。でも咲ちゃんは自分が悪いことをしたっていう自覚があって、それを凄く反省してるんだったら、もういいんじゃない?」
「いやでも……」
「それに精神操作が通じない人間も珍しいし、すっごい興味あるんだー!」
「絶対そっちが本命でしょ!?」
相手の胸の内がわかり即座に腑に落ちる咲。友達という体で、真名の実験動物になるとすれば、なるほど十分な重罰だと納得する。
「これからよろしくね、咲ちゃん。あ、ついでに友好の証として、今日あったことはみんなの記憶から消しておくね。その方が咲ちゃんも過ごしやすいでしょ?」
「うぅ、ヤバい奴に恩売っちゃった……」
にっこりと朗らかな笑みを浮かべる真名。対する咲は暗い先行きに項垂れる。
それは咲にとって、大きな不安と恐怖に満ちた日常の幕開けだった。
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