第6話 想いの行方

 空気が変わったのは廊下の途中。階を上がるごとにどどめ色が濃さを増し、太い帯になる。煌びやかに色づいた中に、その色合いはとても目立った。

 そのときだった。どこからか小さな悲鳴が響いてくる。


「この悲鳴……まさか誰か襲われてるの!?」

「あ、咲ちゃん待って!」


 遠くから聞こえる叫びに咲は廊下を走った。帯を追うごとに叫びも大きくなる。

 そして咲たちは、ついに騒動が起きている現場に着いた。


「いやあああ! 誰か助けてええ! いやあああああああ!」


 騒ぎが起こっていたのは廊下の突き当たり。階段のすぐ横の隅に追い詰められた少女と、じりじりと距離を縮める言霊こと、煙霧状の恐ろしい思念体がいた。

 ステッキから伸びる帯も思念体へ伸びており、不気味な思念を巻き散らしている。

 と、不意に空気が咲の肌をピリッと刺激した。電気が点いている廊下も、どこか仄暗く感じる。

 その原因は、煙霧の如く漏れ出るどす黒い感情。思念には先刻咲が抱いていた殺意が宿っており、周囲は負のオーラで濁ると、不気味な恐怖心を煽った。


「これが……私の感情なの?」


 想像以上の禍々しさに咲はショックを受ける。自分の中にこれほどまでに醜く歪んだ感情があるなど、誰が想像するだろう。咲は自分の殺気に震え上がった。


「でも……やっぱりっ。私の言霊はあいつを追いかけてたんだ。……ていうか、こんなに騒いでるのに、誰も助けに来ないのって」

「それはみんなの心を操っているからですっ」


 と、自慢げに告げたのは真名だった。そんな胸を張る真名に咲はぎょっとする。


「やっぱりか! こんなときくらい誰か助けが来るようにしてよ!」

「だって咲ちゃん、みんなを巻き込みたくないんでしょ? だったら誰も騒ぎに気づかない方がいいかなーって思って」

「え? あ、いや、まあうん、それはそうなんだけど……」

「そこに誰かいるの!? お願い誰でもいいから助けて! 怖いよお!」


 少女はこちらに気づくと頻りに救いを求めた。咲は切羽詰まった声量に不安を煽られると、急いで真名に向き直る。その視線に真名は頷き、ステッキを構えた。


「じゃあ行くよ咲ちゃん。援助お願いね」

「え? 援助……って。私なにやればいいの……?」

「さっきの言葉と反対のことを念じて」

「反対?」


 咲は眉を顰めた。真名は首肯する。


「そう。咲ちゃんがさっき言霊を飛ばしたとき、あの三人に対してどんな思いで、なんて言葉を言ったか覚えてる?」

「……っ」


 記憶が蘇ると咲は思わず呼吸を止めた。が、すぐに平常を装う。


「覚えてる、けど……」

「じゃあ今度は、そのときとは反対の気持ちで、反対のことを言って。そしたら私があの言霊に咲ちゃんから絞り出した濃厚な思念をたっぷりとぶっかけるから」

「相殺って言え。本当にそんなことできるの?」

「それは咲ちゃん次第だよ」

「え?」


 結末を自分に託され、咲は不安に揺れる瞳で真名を見た。


「あれを相殺するには、それと同じくらいか、それ以上に強い想いじゃないとダメ。もし弱い力だったら消せない。心の底からあの子を助けたいって念じて」

「うぅ……本当は嫌だけど、仕方ないっ」


 毛嫌いしている相手を前に咲は苦虫を噛みつつも、人命がかかっていると自分を強引に納得させると、助けたいと思い込もうと強引に意識を集中させた。


「それ!」


 真名がかけ声と同時にステッキを翳すや、咲は胸の内が弄られ、全身の気が外部へと流れるような奇妙な感覚を覚える。

 途端に咲の全身から思念が放出し、空気中に分散した。思念は光を反射させながら真名の方へ流れると、なんとも名状しがたい形の思念体が大気中に凝縮されていく。


「咲ちゃんまだいける! もっと念じて! もっと強くべらぼうにいぃっ!」

「くっ……」


 真名に指摘され、咲はできる限り強く気持ちを持った。その間に模られた思念体は透明な細い糸で咲と繋がったまま、勢いよく敵の言霊に突っ込んでいく。


『グオオオオォォォ!?』


 敵は思念体の体当たりを食らうと揉み合う形で廊下に転がった。そのさまは怪獣同士が戦っているようで、互いに浸食し合ったりと激しい攻防を繰り返す。


「いい感じだよ咲ちゃん! そのままどんどん気持ちを高めて!」

「うっ……わ、わかった」


 自身から湧き出た禍々しい思念体に息を呑みつつも、咲は言われた通り感情を高ぶらせようと躍起になる。

 だが、咲が集中できたのはそこまでだった。

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