第2話 怪異との遭遇

「ちょっと南城さん。さっきのなに?」


 クラスに戻り、体操着から私服に着替え終わったときのこと。咲が席で次の授業の準備をしていると、同じクラスの女子三人が敵意剥き出しで咲に迫ってきた。

 三人とも、いかにもスポーツ系といった体格をしている。

 しかし害意を向けられる覚えのなかった咲は、臆することなく小首を傾げた。


「さっきのって、なにが?」

「ドッチボールのときの感想のことだって!」

「なんであんな白けること言うの!? 空気読んでよ!」


 言われて咲は、そんなこともあったなと思い出す。

 しかし彼女たちが憤慨する理由が依然としてわからず、もう一度訪ねた。


「確かに言ったけど、それがなに?」

「だから、どうしてあんな冷めること言ったのかって聞いてんの!」

「せっかくみんな楽しい気持ちだったのに、ぶち壊してさぁ。なんなの?」

「そういうのマジやめてくんない? みんなから嫌われるよ?」


 平坦な咲の声音とは対象に、三人は更に憎しみを込めて言い放つ。

 突然ぶつけられた理不尽な怒りに、さすがの咲もムッとした。


「つまらなかったからつまらなかったって言っただけじゃん」

「はぁ!? なにそれ、ふざけてんの!?」

「目立とうとして滑ってんのわかんないの!? マジでキモいんだけどっ」


 はっきりと告げると彼女たちの顔色が怒りに染まる。それから脅すように荒々しく机の脚を蹴ると、憎しみの籠った視線を咲に向けた。

 攻撃されると咲も眉間にしわを寄せ、声を大にして反論する。


「だってそうでしょ!? 毎回同じものやらされてりゃそりゃ飽きるじゃん! それに違うことやりたい子だって他にもいるし!」

「はぁそんなの知らないんだけど? 声出さない奴が悪いんじゃん」

「あんたたちみたいに普段はしゃいでる連中は声を出せてもね、大人しい人たちは声が出せないの。先生も他の人の気持ち考えろって言ってたじゃん。わからないの?」

「自己主張できない奴の自己責任でしょ。なに人のせいにしてるの?」


 正論とでもいうように、女子たちは満足げに胸を張った。

 そんな態度が鼻につき、咲は更に詳細な叱咤をする。


「だから私が代わりに言ったんでしょ、ドッチボールはつまらないって! そしたら今度はなに? 空気読めとか場が冷めるとか言って責めて。あんたたちは正論言ったつもりかもしれないけど、結局言ったら言ったで文句しか言わないじゃん! それって単に自分の我がままを正当化したいだけでしょ!? 声出さない奴が悪いんじゃなくて、周りに気を配れないあんたたちが悪いの! なんでそんな常識がわからないの? 本当に人のことなんにも考えてないんだ。もう少し相手の気持ちを考えるようにしたら?」

「は、はああぁっ!? なにそれ……っ」

「調子に乗ってんじゃねーよ!」


 咲が一息に捲し立てると、女子たちは怒りで一気に顔を赤くした。

 すると、うちの一人が咲に迫って思いっきり椅子を引く。


「痛っ!」


 咲はその場に尻餅をつくと、尾てい骨を強打して顔を顰める。目尻に涙を溜めながら歯を食い縛ると、突き飛ばした相手をきっと睨みつけた。


「くっ……いきなりなにすんの!?」

「わっ!」


 怒鳴りつけると、咲は床に倒れたまま突き飛ばした女子の足を払う。

 女子は小さく叫ぶと体を傾かせ、ガアァン! と机の角に思いっきり顔面をぶつけた。

 想像以上に大きく響いた鈍い音に、一瞬にして場が静まり返る。


「いっ――たあぁぁい! 痛いよおぉ! うわああぁぁぁ――!」


 半瞬後、転んだ女子はその場に蹲ると、右目を手で抑えて盛大に泣き喚いた。


「美和ちゃん大丈夫!?」

「痛いぃ! ううっ、うあ、うええぇえ!」


 悲痛の叫びに咲はゾッとした。しかし仲間の女子が傷口を確認した際、相手の顔から血が出ていないのを確認すると、咲はほっと息を吐く。

 だが、またすぐに背中に冷たいものを覚えると、咲は周囲を見る。

 そこには冷たい眼光と、狂人を見るような視線が咲一点に注がれていた。

 言いようのない恐怖に怯えると、途端に咲は教室を飛び出す。


「南城さんが逃げた! 早く追いかけて!」

「誰か先生呼んで! 美和ちゃんを保健室に運ばないと――」


 そんな叫びに一層恐怖心を煽られると、咲は全力で廊下を駆けた。



 始業のチャイムが響く廊下。

 教室での一件のあと、咲は頻りに周囲を見回すと、追手がいないか警戒し、その度にいつクラスメイトに見つかるかと怯えると、段々と走る速度を増した。

 やがて一階に着つくと咲は適当な空き教室を探し、中へ飛び込む。

 急いでドアを閉めると窓から廊下を除いて耳を澄ました。慎重に左右を見渡し、誰の姿もないことを確認してようやく安心する。咲は脱力して息を吐いた。


「はぁ……どうやって教室戻ろう?」

「どうしたの?」

「っ! ――ひぃ!?」


 力を抜いた直後の不意打ちに、咲の心臓は大きく飛び跳ねた。が、すぐに声のした方を振り返ると、周囲に広がる光景を見て再び飛び上がって悲鳴を上げる。

 多種多様の色彩が漂い、無数の大きな水溜まりのようなものが浮いていた。

 その中心にはステッキを持った少女が佇み、不思議そうにこちらを窺っている。


「ん? あっ、そっか。また精神操作しないと」

「――!?」


 漂う浮遊物を見て驚く咲の反応に納得し、少女はステッキを構える。明らかに怪しいセリフと動作に咲は危機感を覚えると、急いで閉めたドアに手をかけた。


「あ、ダメ!」

「ひやぁ!」


 大きな塊が咲とドアの間に滑り込むと、咲は急いで後退った。指先が接触する直前にギリギリ手を引っ込めると、反動で後ろに倒れる。

 少女が慌てて咲に駆けつけると、咲はまたもやびくりとした。


「いやあっ、近づかないでよ! なにこの不気味なの!? あんたは!?」

「どうも初めましてぇ、真名ちゃんでゅえぇ~っす! ていうか、そんな急いでどうしたの? 今は授業中のはずだけど……」


 能天気に両手の指で自分を指差して自己紹介しながら真名は問うた。だが咲は周囲の奇妙な塊を一瞥すると、何度もじろじろ見ながら訝しむ。


「いや、それよりこれなんなの!? キモいんだけど……」

「えーと……あれ? あー……ねえ、あなたのお名前教えて?」


 咲の反応に真名は困惑するも、一歩踏み出して別の質問をした。だが。


「だから来ないでよ! あっち行ってあっち!」


 初めよりも強く反発すると、咲は片足を真名に向けて敵意を表した。

 親しみのあった真名の笑みは一瞬だけ固まると、そのまま強張っていき――


「うええええぇぇぇ精神操作が効かないー!? どういうことおぉ!?」


 笑顔のまま顔を青くすると、途端に真名は頭を抱えて混乱に陥った。


「あーんどうしてどうしてなんで話に流されなの!? いつもならこんなの簡単に乗り切れるのに! どういうことなの意味が不明! ふぇーんこれじゃあ誤魔化せないよぉ! 真名ちゃん大大大大、大ピィィ~ンチ!」

「っ!? な、なんなのあんた!? 私を教室に閉じ込めてどういうつもり!?」

「にゅ!?」


 身を捩っていた真名だったが、咲に指摘されると変な声を上げて硬直する。

 それからギギっと音がしそうな動きで咲に向き直ると、青い顔で冷や汗を流した。


「えっと、その……ううっ」

「ていうか、なんであんたもこんなところにいるの? 今は授業中だし、そのステッキも……え、おもちゃ学校に持ってきちゃダメじゃん。この変な生き物も」

「ふにゅう~ん! お、女の子が隠れてやってることを聞くなんて、すっごくすっごくいけないことなんだぞぉっ。この恥知らずのあばずれぇ……っ!」

「は? ――誰か助けて! 変な子が」

「ひいぃ~ん白状するからみんなには内緒にしてぃ~っ!」


 咲がドアから叫ぶと、真名はそんな咲に必死に泣きついて懇願する。

 怯えていたはずの咲はいつの間にか優位に立ち、立場はあっという間に逆転した。

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