第2章:言霊と思念体

第1話 退屈な時間

 体育館では、上履きの擦り切れる音と、怒号にも似た熱い歓声が反響していた。

 体育の時間。密集して蠢くのは赤白帽を被った少年少女たち。

 集められた生徒たちは体操着に身を包み、クラスで二チームに分かれてドッチボールをしている。ボールが敵チームに直撃、またはフローリングにバウンドする度に甲高い声援が上がり、瞬間的に熱狂的な熱量が生まれた。

 だが、みんながみんな現状を楽しんでいるわけではない。

 特に運動の苦手な者たちは開始数秒で標的にされ、すぐに外野へ追いやられた。

 埋め合わせのためだけに投入された外野の弱者に、勝利を望む強者たちがボールを渡すわけもない。運よくボールを手にしても、内野にいる同じチームか、同じ外野にいる強者にパスを促される。

 ここで無視して敵チームにボールを投げて運悪くキャッチされようものなら、味方からは裏切り行為とみなされ、白い目で見られてしまうのが落ち。

 弱者たちに与えられた選択肢は、同じ立場の顔ぶれで雑談に花を咲かせるか、隅っこで終了まで息を潜めているしかない。

 そしてここにも一人、この上なく冷めた空気を纏う少女がいた。


「はぁ……暇」


 南城咲はため息を吐くと、実につまらなそうにその様子を眺めていた。



 チャイムが響くと同時に笛が鳴り、試合は終了する。

 両チームとも試合の結果報告と号令を済ますと、生徒たちは男性教師を正面にして背の順で並んだ。場が静まったところで教師が声を上げる。


「今月も月に一度、みんなが事前に多数決で決めたドッチボールをやったが、次回も要望があったらHRの時間にみんなで決めとくように」

「別にいちいち時間取る必要ないのに。いつも同じなんだから」

「またドッチボールで決まりだっての」


 教師の声に紛れ、自己主張の強い男子や女子たちは声を潜めてそんなことを言う。中々に楽しんだ者も、先程の試合のことを隣同士で楽しそうに語り合っていた。

 それ以外の、特に今日のことを楽しく思わなかった者たちは俯き、この時間が終わるのをじっと待っていた。すると教師はさっと周囲を見やる。


「じゃあ最後に、今日の授業の感想を誰か――それじゃあ南城」

「え? あ、はい」


 ぼーっとしていた咲は突然名前を呼ばれると、ハッとして顔を上げる。


「簡単でいいからな。適当にやって早く教室戻るぞ」


 はあ、と言って咲は立ち上がる。

 周囲は咲の感想になど興味ないのか、一瞥もくれることなく雑談を続けた。

 咲もたいして深く考えず、頭に浮かんだ率直な感想を述べる。


「いつも同じのでつまらなかったので、次回はもっと面白い遊びをしましょう」


 咲が言葉を発した瞬間、一瞬にして場が凍りついた。

 すると、それまで注がれていなかったみんなの視線が、一気に咲へと集中する。


「え、なにそれ」

「やだぁ」


 生徒たちは眉を顰めると、奇異の目で咲をじろりと見た。中には睨んでくる者もいる。

 そんな周囲の反応に、咲はきょとんとした様子で続けた。


「え。楽しかったの?」


 思わず発した咲の一言に、その場にいた全員が、信じられないとばかりにあんぐりした。


「あー……南城はつまらなかったのか?」


 困惑した様子で教師が尋ねる。すると咲はあっけらかんと言った。


「え? はい、特に面白くなかったです。いつもいつも同じことばかりなので、とても退屈でした。得意な人たちは面白いだろうけど、苦手な人にとってはつまらない時間ですね」

「なるほどなぁ……じゃあ来週からは、別の遊びをするか。みんなも、今後は周りの人のことを考えながら決めるようにな。それじゃあ今日はこれで解散!」


 険悪なムードを察したのだろう。教師は早々に話を終わらせて声を張る。

 ただ周りの特定の生徒たちだけが不服そうに返事をし、じろりと咲を睨んでいた。

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