第34話 勝ち気なアテナの愛逢軌 序

 漆黒の闇の中、上も下も分からない。

 それでも地に足が付いている感覚だけは保っている。


「ミーニャ、あたしよ!

 迎えに来たわよ!!」


 ミーニャがレーヌへと覚醒し、あたしはミーニャを取り戻す為に奔走すると、死をもってして冥界の奥地へ辿り着ける事を知った。

 そうして、ここまで来ることが出来た。

 あたしの叫びはこの冥府においてどこまで届いているのかは分からない。響き渡るでもなく、生きていた頃の感じとは違い、口から言葉が出たようには感じなかった。


「やっと来たのよ! さっさと出て来なさいミーニャ!

 ……いや、冥府王レーヌ!!」


 姿を現さないことに若干の苛立ちを込め、全方位に向かって投げ掛ける。すると、目の前の暗闇が揺らぎ初め、白い外套ローブの様な物を纏った巨大な人影が姿を現した。


「ミーニャと呼んでも応じないわけね。レーヌ!!」

「よくぞ今まで隠れていたな、アテナ。

 貴女の方から姿を見せるとは、この上なく嬉しいぞ。

 ようやく決心がついたのか?」


 暗闇の中でも輝きを放つ漆黒の長髪をなびかせ、この冥府の女王にふさわしいかのように威圧的に宙に漂っていた。


「決心? ええ、変わらぬ決心がね!

 ミーニャの人格、返してもらうわよ!!」


「ふんっ! 何度言ったら分かる。あれは模擬人格だと。

 そんなことよりも、無限地獄になってしまった別次元の世界を救いたいとは思わないのか?」

「あたしにしたら別次元なんて人間界以外とさほど変わらないわ!

 そんな大それたことよりも、目の前の大切な人と一緒に居たいのよ」


 初めてレーヌが現れた時、死んだ後の理を聞かされた。

 冥界に留まることになるのか、人間界に戻るのか、冥界神が造り出した別の次元にある人間界へ送られるのかを。


「本来であれば、我が神が造り出した世界こそが楽園になるはずだった。魔者も魔法もない人間だけの世界。

 それこそが人間達が望んでいたことだろうに」

「そうでしょうね。そうだったらと思うことだってあると思うわ。

 けど、あたしには違うのよ。

 色々な亜人や魔人と関わったことで、人間にはない魅力も苦悩も知った。だから、あの世界が好きなのよ。

 人間だけでは成し得ないあの世界がね」

「聞き入っては貰えぬということか。

 ダルクやボナパルトといった英雄すら駆逐されたあの世界、新たな英雄が必要だと言っているのに」


 怒りと悲しみが入り交じったような険しい顔で話すと同時に、レーヌから強い圧力があたしに襲いかかる。

 負けじと前のめりになると、あたしはあたしの想いを吐き出した。


「それはその人達が望み、成し得なかっただけでしょ!? だからと言ってあたしに頼むなんて筋違いってもんよ!

 あたしはミーニャの人格を取り戻す!

 それだけが望みなのよ!!」

「そうか……。魂の輪廻も捨て去り消滅を受け入れるのだな。

 なんと悲しいことだ。

 ……思い直さぬと言うならば!

 やってみるがいい、冥府王レーヌに歯向かう者よ!!」

「やってやるわよ!

 貴女の世界への愛は、あたしの愛で超えてみせるわっ!!」


 冥界へ持ち込んだ愛剣を鞘から抜く。

 それは人間界では決して見ることの出来ない、白く輝く神秘術カムイで創られた神なる剣。


 あたしは眼前に構えると、凄まじい圧力の中をレーヌに向かい走り出した。

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Fragment d'amour ~勝ち気なアテナ異世界異聞録~ 七海 玲也 @nanaumi-reiya

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