第11話 episode 10 美しい者

 幾つもの試合を見ていると一回戦の最後に登場したのが現在の・・・婚約者だった。


「さぁ、見せてもらうわよ。婚約者としての実力のほどを」

「会ったことがあるのかい?」

「ついさっきね。彼と闘うことはなくても王の座を狙う者として気になるわ」


 決して彼が負けることを願っている訳ではない。

 まぁ負けることがあればそれはあたしにとって有利に働くことになるだろうが、そこは特に気にしていなかった。


「彼の相手もそうだけど、力強そうな人達ばかりなのね」

「そうさ。この祭り自体が力試しのような所もあるからね。あたいを含め、そういったヤツも結構いるだろうさ」


 あたしも旅に出て世界は広いと肌で感じている。その中で己の力を試す機会があるのなら、それは参加するのは必然なのだろう。


「始まったわ。レディはどう見る?」

「何がだい? どっちが勝つかって?

 構えだけ見ても婚約者の男が勝つだろうさ。ただ、どちらも後がないような気迫は感じるね」


 レディはそう言っているが対戦者の剣捌きに防戦一方でかなり圧されているように思う。

 しかし、それも束の間。彼が身を引いたかと思うと一瞬で勝負は決まった。


「えっ? ホントに勝った……」

「だろ? あの構え方は国に仕える者達がする型に似ていたから、どこかの国で訓練したのかもな。

 それに引き換え、彼の相手は全くの素人だよ。ただ、何か秘めているのか強い意志が見え隠れしていたね」

「そんなとこまで分かるのね」

「色んな場所や状況で戦ってきたからな。今もまだ戦争をしている国もあるから、そんな所にいると色々と分かっちまうのさ」


 レディは苦笑いを浮かべ席を立った。

 そんなものなのかと後をついて大広間へ戻ると、すぐに二回戦が始まった。


「始まったわね。レディはすぐなんじゃない?」

「あたいはもうすぐだね。でも、アテナだってあたいの後なんだから変わらないさ」


 そうだった。

 大広間に残った約五十人の内の誰かとやることになるのだが様々な様相の者が残っている。ここにいる人達には最早小細工など通用しないだろう。

 そして、それを目にしたことで全うに勝負したところであたしに勝ち目などあるのか、今更にもなって不安を感じている。


「どうした、アテナ。もうすぐだってのに」

「ううん、何でもないよ。レディはさ、どんな相手でも自分のスタンスを貫くの?」

「あぁ、あたいは力試しだからね。自分の戦い方でどこまで通じるか、それを確かめたいのさ。

 ん? あたいの番が来たようだね。アテナ、試合は見れないけど勝つんだよ、必ず」


 拳を突き合わせレディを見送ると、あたしは壁にもたれ名前を呼ばれるのを待った。


 名前が呼ばれると先程のように鉄格子の前で待っているが、今度は長く感じている。闘技場ではレディが戦っている筈だが、どうやら苦戦を強いられているのだろう。待つのが長くなるほどに心臓の鼓動が速くなっていく。

 その時だった。


「歓声!? どっちが勝った!?」


 あまりのざわめきにどちらが勝ったのか分からなかったが、間もなく鉄格子は開かれた。


「ふぅ~、いよいよね。ここを勝たなければ、婚約の可能性も無くなる。

 頑張るのよ、あたし」


 自らに言い聞かせ緊張から脱せられるようにすると、前を見据えゆっくりと闘技場の中心に向かった。 今度は笑い声など一切なく声援すら聞こえるようになっている場内を見回すと、体に何かが重くのし掛かる感じを覚えた。


「これが……重圧プレッシャーってやつなの?」


 あまり感じたことのない圧力に戸惑っていると向かい側から対戦者が姿を現した。


「えっ!? 貴族?」


 水色の長髪の男は舞踏会にでも出るかのような煌びやかな衣装を纏い、両手を目一杯に広げ歓声に応えている。


「やぁ、お嬢さん。どうやって勝ち上がってきたかは知らないけれど、私の美しさの前に散るがいい」

「は? 何言ってるの?」

「ふむ。やはり、子供には私の美しさは分からないですか。貴女が大人になった時、私の美しさを羨むことでしょう」


 こいつは。よくこんなので勝ち上がってきたもんだ。

 あたしは深い溜め息の後、大きく息を吸い素直な思いをぶちまけた。


「バッッッカじゃないの!? 美しいとかどうとか、今のこの場に関係ないでしょ。

 それに、あたしがあなたより美しくないとでも? 清楚で可憐なこの美貌の前に、よくもそんなことが言えたわ!!

 もう御託は沢山! ほらほら、さっさとかかってきなさいよ!」

「ふっ、ふん。強がっていられるのも今のうち。さぁ、切り刻んであげるわ!!」


 言いながらも方眉が小刻みに上下していた。

 互いの構えた剣が乾いた音を立てると、あたしが動く前に男は剣先を伸ばしてきた。


「うわっ! っと!」


 咄嗟に半身で避け剣を地に突き体勢を維持したが、胸元の服が少し切れていた。


「ちょっ!! あんた、そんな勢いじゃあたしが死んじゃうじゃない! 失格になるわよ!?」

「ふふふ。大丈夫ですよ。人が避けられる速度で突いたんですから。

 言ったでしょ? 切り刻んであげると」


 この男、口だけではなく実力を伴っての言葉であるらしい。

 ならばと先に仕掛けようと踏み出すものの、剣を振り上げられ太股の衣類だけが切り裂かれた。


「先程までの勢いはどうしました? 良いんですよ、悲鳴をあげても。女の子なんですから泣き叫んでも恥ずかしくありませんし」

「好き勝手言ってくれるじゃない。こんなことくらいでね、あたしが降参ですとでも言うと思ってんの?

 あんたより美しい人なんて山ほどいるんだし、そんなこと言ってるヤツに負けるわけないでしょ!」

「ならば、潔く負けを認めさせてあげます。私より美しい者がいないことの証明に」


 とは言ったものの、男の気持ちを焚き付けただけで速さと技量で劣るあたしに今のところ勝てる見込みはない。

 剣に口づけをし高々と掲げた男は一歩二歩と軽い足取りで間合いを詰めると、一回りした勢いで剣を振るってくる。


「えぇい!」


 予測の出来ない攻撃だったが何とか防ぐことは出来た。が、すぐさま逆に回り振るわれた剣先がお腹の服を切り飛ばす。

 口元を緩ませ笑いながらあたしを見る男の顔が余計に腹立たしく感じる。


「くそっ! ここで負ける訳にはいかないのよ!」


 気持ちだけは折れないように男の動きに集中し、勝つ為の手を模索するしか今は出来なかった。


「だったら!」


 間を詰めずに牽制で剣を伸ばす。距離があり僅かに剣先が届くだけで防がれるのは分かりきっていたが、男は何故か大袈裟に体を捻る。と、二つ素早くステップし真っ直ぐに突いてきた。


「そういうこと!?」


 剣を刺突剣レイピアの様に扱いあたしの動きを封じる為に体を捻ったようだ。驚きはしたが距離がある分それは難なく避け次の出方を窺うと、男は前に出ただけ後ろに戻った。


「来ないの?」

「ふふふ。私はモーイ・プレソーン。美しい者の名を持つことで有名なのですよ。聞いたことはありませんか?

『プリンダの様に舞い、ホーゾルの様に刺す』モーイとは私のことです」


 ひらひらと舞って急所に一撃を決めるってことのようだが。


「うん、知らないし聞いたこともないわね。そんな小さな所で馳せてる名前なんて聞いたとしても覚えてないわ!

 炎舞の騎士、真紅の女王クレアの様に伝説にまでならなきゃ覚えてらんないわ」

「ま、まぁ、子供だったら仕方ないですか。致命傷を与えないよう闘うのは難しいですが、そろそろ勝たせてもらいますよ。

 ここから私の伝説が始まるのです!」


 言葉通りであれば次の攻撃は避けることが出来ない速さだろう。

 どうすべきかと思ったが、筋骨隆々でもないこの男の振るう剣の速さに疑問を感じた。もしかすると魔法剣マジックソードなのかとも思ったが、目を凝らすと単に特殊に加工したものらしかった。


「うふ、やってみなさいよ」


 刺突剣のように鋭くとがり、刺突剣よりも強度を増す為に長剣ロングソードに厚みを近づけた代物では、到底あたしの剣に耐えられるとは思えない。一目見ただけでは普通の剣に見えるものの、あれでは単に中途半端な武器そのものだ。


「その笑い方、気持ち悪いですね。これだから女性は嫌いなのですよ!」

「気持ち悪いですって!? どっちがよ!!」


 モーイはまたも剣を掲げ、先程と同じ仕草を見せた。それを見たあたしは閃き、勝機を見出せたように思った。


「きたっ!」


 全く同じ出方で間合いを詰めてきたモーイとの距離を更に縮めるようにあたしも一気に前に出る。すると思った通りに降り下ろす選択をした。


「ここ!!」


 そこであたしは後ろに下がると、剣先が胸元から服を切り裂き砂地を叩きつける。


「うぇぇぇぇ!! なんて汚いものをっ!!」


 何をほざいているのか、動きが止まったのを見逃さず魔法剣を素早く力を込めて振るった。


「えぇぇぇい!!」


 ぶつかり合った剣は甲高い音を奏でると、片方は真っ二つに折れモーイは唖然としていた。


「あたしの勝ちね」


 ゆっくりと眼前に剣を突き出し勝利宣言をすると、モーイは目を覆い顔を背けた。


「そんなことよりそれを早く隠しなさい!」


 闘技場は歓声に包まれあたしの勝利も告げられているが、さっきからモーイは何を言っているのか。


「何を隠せって言ってるのよ、全く」


 と、剣を鞘に収めると……あたしの服がなかった。


「きゃああああ!!!」


 厳密には服はある。

 ただ、真ん中から切り裂かれた服は肌を隠す機能はなく、乳房を隠すだけに留まり素肌をさらけ出していた。


「なんてことしてくれたのよ!」


 慌てて残った服を引っ張り胸元だけでも隠した。


「私のせいではないでしょう! さっさとその汚いものを隠せって言ってるの!!」

「汚いってあたしの体!? あたしの体のどこが汚いっていうのよ!

 こんなに綺麗で、そりゃあまだ胸もお尻も成長途中……じゃなく、女性の裸を見てそれはないんじゃない!」


 言いつつも仁王立ちになっていたことにまたも恥ずかしくなり、一歩二歩と後退り出口へと向かった。さすがにこれだけの人の前で肌を出すのは、ただの晒し者のようで恥ずかしくなってしまう。


「アテナって名前でしたね。あなた、よく覚えておきなさい!」


 またか……。

 なんで男ってそうなのかしら。


「私はモーイ。美しい者の名を持つモーイ・プレソーン!」

「復讐とかそういうのじゃないの!? それはそれで呆れるわね」


 これではどっちが勝ったのか分からない複雑な感情にさせられ、一言だけ残し走ってその場を後にした。


 闘技場から大広間に戻るとそこにはレディの姿があった。


「やったわよ! あたし勝てたわ! レディはどうだったの!?」

「見れば分かるだろ? ここに残ってるんだ、ちゃんと勝ったよ」


 出された手のひらに、勢いよく手のひらを当てるとレディも満面の笑みを浮かべた。


「良くやったなアテナ! それにしても……どうしたんだいその格好。

 苦戦したんじゃないのかい?」

「えぇ、苦戦したわ。いろんな意味でね……。

 レディはどんな感じだったの?」


 するとレディは小さなマントを外しあたしに手渡した。


「これで隠しな。

 あたいも少しは手こずったかな。さすがに余裕って訳にはいかなかったよ」


 レディでさえ勝ち上がるのは難しかったようなのに、よくあたしが勝てたものだと少し驚いてしまう。


「これからどうするの? 他の試合でも見ておく?」

「明日は騎士達と闘うことになるけど、どんなヤツが残るのか見ておいて損はないかもな。

 アテナの気になってる婚約者も残ってることだしね」

「やめてよ、その言い方。それだとあたしが『好き』みたい聞こえるわ」


 大口を開けて笑い出すレディに注目の視線が一斉に集まる。痛すぎる視線を避けるよう手を引き、観覧席へと一目散に逃げだした。


「もう! これから闘う人達の中であんなバカ笑いするとは思わなかったわ!」

「っはははは! 悪い悪い。つい気が抜けちまったね。

 ほらほら見てごらんよ、ちょうど終わったところだよ。あたいは何か食い物でも持って来るからさ、適当に座って待ってなよ」

「全く……。どうしていっつもこう……」


 いや、レディの人柄がいいのは分かっている。

 でも何故かあたしの周りから物事が途中で逃げていくことが多いように思え、ついつい口に出してしまった。

 まぁそれはさておき、今勝ち名乗りを上げた剣士に目を凝らすと、礼儀正しく相手に手を差し伸べお互いの健闘を称えあっていた。


「あれで一介の剣士? まるで騎士のようだわ」


 独り言が出てしまうくらいに彼の佇まいが素晴らしいのだろう。

 本当にこの祭りには色々な面々がいるのだと、ここにいるからこそ改めて思うことが出来ていた。


「お待たせ。どうしたんだい? ぼうっとしちゃって」

「あ、レディ。ありがとう。

 いやね、今の勝った彼が剣士というより騎士って感じでさ」

「見とれてたのかい? ふふふ」

「そんなんじゃないわよっ! バカ」


 飲み物を受けとると、それを一気に飲み干した。


「あぁ、彼の試合だったのか」

「知ってるの?」

「騎士になることを約束され、その実力は近衛騎士隊長アーサー卿に優るとも劣らないと言われている人物、グリフレット卿とはその人さ」

「え? なんでそんな人がこの祭りに?」


 そんなに有名で実力があって約束までされているのに何故なのだろう。


「なんでも騎士になるのを断っていたらしいよ。それが今回、実力で騎士として認めてもらおうと参加を決めたそうさ。

 何を思ってかは知らないがね」

「ふぅん。迷惑な話ね」

「どうしてさ」

「グリフレットって人と対戦することになったら、負けるのが決まっているようなものじゃない。これから騎士を目指そうとしてる人には大いに迷惑だと思うわ」


 なれるものならわざわざ祭りに参加せずとも騎士の叙勲を受けてしまえばいいものを。


「男ってのはね、面倒くさい生き物なのさ」


 レディの言葉に全て詰まっているかのように思え、それ以上聞くことはしなかった。


 それからの試合も個性的な人物や剣技などが沢山と見れ、明日からの試合にも役立った。


「さて、最後の試合ね。どんな闘いを見せてくれるのかしら? 婚約者さん」

「はははは。どうなるんだろうね。

 おっと、対戦するのはアテナと同じくらいの子だね」


 レディに言われ目を凝らすと、そこには少し話をしたあの少年の姿があった。


「えっ!? あの子も勝ち上がってたの!?」

「知ってるのかい?」

「祭りが始まる前に少し話しただけだけど。本当に強いのね、あの子は」


 どちらを応援する訳ではないが、この対戦だけは固唾を飲んで見守ることになる。

 やり合う二人は実力が拮抗しているのか、お互い譲らずといった感じだった。


「この勝負、分からないわね」

「だね。

 だが、何か起こりそうだよ。婚約者のレイヴってヤツは相手が子供だからか躊躇してる感じがするし、その子供は殺気立っているからね。これは、もしかしたら婚約者が負けるってこともあるかもね」


 それはそれで願ってもないことだが、何か釈然としない気もしてしまう。と、その時あたしは目を疑った。


「えっ!? 刺した!!」


 あの子が婚約者の太股に小剣ショートソードを深々と突き立てたのだった。

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