第12話 episode 11 婚約者の生死

「お嬢様、朝ですよ。起きて下さい」

「う、うぅん。夢……? じゃないわね。

 おはよう、ミーニャ」


 目まぐるしい剣闘技祭から一日経ち、あたしは騎士叙勲の資格と共に婚約者候補にも名を連ねることが出来た。

 これで目標の第一歩は踏み出せた訳だが、現在の婚約者は刺された後、意識を失い退場となった。それによりあの子は失格となり婚約者は勝ち進むことになったのだが、あたしが寝るまでに意識が戻ったとの話は聞いていない。


「何か悪い夢でも見ましたか?」

「ううん。昨日の出来事が夢にまで出てきたから。一瞬ね、分からなくなっただけよ」


 着替えようとベッドから這い出しミーニャの用意してくれた服に手を伸ばした。


「お疲れのようですね。昨日のような無茶な闘い方、今日はしないで下さいね」

「それは相手に言ってよね。あたしだってホントに肌をさらけ出すとは思ってなかったんだから」


 おかげで新たなお気に入りを見つけなければならなくなった。


「あれは本当に色気を使ったんだと、観ていて思いましたからね」

「昨日から言ってるでしょ。元々は冗談で言ってたことなんだから。

 あんな大観衆の前で自ら裸になるヤツなんて、まぁ居ないとは思うわよ」

「ま、まぁ、そうですよね」


 歯切れの悪い返事にあたしは目を細めた。 


「なに、その疑いは? まさか、あたしはするとでも言いたいの?」

「い、いえ。そういうことでは。

 ただ、しないとも限らないかなと思っただけでして……」

「しないわよ!」


 そこは間髪入れずに否定した。


「もしかしたら、お嬢様のことだから……」

「ミーニャ! あたしを一体なんだと思ってるのよ!

 ったく。いくらあたしと言えど、大観衆に注視されてる中で布切れ一枚もない状態なんて恥ずかし過ぎるわ」


 誰も居ないだとか、何か一枚羽織ってるくらいなら恥ずかしくはないが、流石にそれくらいの恥じらいは持っている。


「そうですよね。いくらお嬢様でも恥ずかしいと思いますよね」


 あたしの行動を良く理解してくれてるミーニャでも、最低限の基準まではまだ分からない部分もあるのだろう。

 そんな中、扉の向こうから食事の準備が出来たとの声が聞こえてきた。


「はぁい。すぐに行くわ。……ミーニャも行ける?」

「はい、お嬢様が良いのでしたらいつでも大丈夫です」


 ミーニャがあたしを待たせたことは、今まで数えるくらいしかない。それでもミーニャに確認するのは、それだけあたしが心配しているのだと思う。


「あら。おはよう、グランフォート」


 いつもながらあたし達より先にグランフォートは食堂で待っていた。


「おはよう、アテナ、ミーニャ。

 どうだい? ゆっくり休めたかい?」


『まぁね』とだけ返事をするとすぐに席に着いた。

 多少そっけない返事になってしまったが、グランフォートは気分を害した様子もなく変わらない笑顔で受け止めてくれた。


「それよりさ、意識は戻ったの? 何か聞いてる?」

「ん? あぁ、婚約者のレイヴ殿の話ですね。

 先ほど城から遣いは来ましたが、未だ意識は戻らないとの話ですね。何やら毒が仕込まれていたとかで、その影響なのでしょう」

「あの子が毒を!?」


 淡々と話すグランフォートだが、少しだけでも会話をしたあたしには物凄い衝撃的だった。


「何故そんなことを!?」


 毒を塗った武器を持つことは、初めから計画されていたということになる。


「さて、ね。失格になったあの少年は姿を眩まし、その後で毒だと気づきましたから。理由まではなんとも」

「王位に就くには婚約者が邪魔。だから婚約者に致命傷を与える機会を窺ってた?」


 しかしそれでは失格になり、候補者の資格を失うのは目に見えている。

 あたしは葉に包まれたお肉を頬張り、この不可思議な行動を頭に廻らした。


「妥当な理由はそこだと思います。

 ただ、抽選で相手を決めているのでレイヴ殿と対戦するとは決まっていません。それに、闘技場で行動を起こすことにも疑問があります。

 何も闘技場ではなく大広間でもいいんですからね」

「ほふぉふぉ!」

「ん? なんです?」


 頬張ったお肉で聞き取りづらかったのか、ミーニャと二人で苦笑いしながら聞き返された。


「んっ、んっ、うん。そこよ!」


 とりあえず飲み物と共に喉の奥に流し込みもう一度言い直した。


「大広間じゃなく闘技場が良かったのよ」

「お嬢様、それは何故ですか?」


 グランフォートは何か気づいたようだが、ミーニャに至ってはまだ分からないようだ。


「人目につかせたかったのよ。婚約者は不慮の事故で亡くなったと。理由は分からないけどね」

「ふむ。しかし、それでは誰かの手引きが必要ではないですか? 内部の者、もしくは内部と外部の両方か」

「そうなのよね。そう考えると色んなことが推測出来ちゃうのよ」


 理由が定かではない以上、幾通りもの道筋が立てられる。


「確かに今回の祭りに関しては疑問な点があるのは事実です。そんな中で起きたこの事は無関係とは言えないでしょうね。

 ただ、これ以上私達が論じていても答えは出ないでしょう。あとはレイヴ殿が回復するのを祈り、陛下の判断に任せるとしましょうか」


 異論はなかった。

 これ以上は憶測の域を出ず、答えは見つからないままだろう。


「だったら今のあたし達が出来ることは、目の前の料理を平らげて王都に向かうことね」


 ミーニャに笑顔で話しかけると、笑顔で返してくれた。


「では、食べ終えたらすぐにでも向かいましょうか。何か進展があるかも知れませんし、アテナの闘いもありますからね」


 騎士に成れることで王への道も開かれたわけだが、参加者の約二十名と現在の騎士達の中にも候補者がいることに変わりはない。だとしたら、どうすべきかは決まっている。

 

「そうよ。なんたって、ここからあたしの魅力を訴える闘いが始まるんだから」

「お嬢様、それは――」

「もちろん、勝ち上がるのよ! 親衛騎士隊長にも勝って、女王クイーンにあたしを見てもらうのよ!」

「グランフォートさん、親衛騎士隊長って強いんですよね?」


 ミーニャはあたしの実力を知った上で領主にその実力を訊ねた。


「アーサー殿は国の誇りと言われる程の強さを誇っていますよ。天才と謳われて最も理想の王に近いとも」

「アーサーはこの国が出身なの?」

「ええ。なので、女王との結婚は許されてはいません。民にとっては残念で仕方がありませんが」


 この国は王の娘が王位を継ぎ、強き他国の者と結ばれることになっているらしい。それにも色々と疑問はあるのだが、それによって剣闘技祭が開催されている。


「お嬢様、それでは勝つなんて無理なのではないでしょうか?」

「何言ってるのよ! やる前から諦めたら何も残らないのよ。ミーニャの時も色々やってみたから一緒に居れることになったんでしょ。

 ほら、さっさと食べて行くわよ。

 いざ王へ! ってね」


 あたしの行動指針にはいつもそれが伴っている。それは旅に出たいと思った時に得た結果で、今も胸に刻んである。

 それからはミーニャの反論はなく、と言うよりもほとんど食が進んでないのに気づき慌てて食べ始めていた。

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