第10話 episode 09 王への一歩

 闘技場中央にレディの姿が見える。あたしがここに着く間に、早くも前の試合は終わっていたみたいだ。


「レディ、頑張って」


 思わず声に出てしまうほど興奮している。レディを応援することはあたしにとって不利になるかも知れないが、それでも応援したい気持ちが勝っていた。

 互いがゆっくりと剣先を合わせると、それが合図となり会場は一層の盛り上がりをみせた。

 レディは相手の出方を窺うように一歩離れると剣を構え直し、大きく踏み込む。

 試合はそれで終わりだった。相手の剣を力任せに吹き飛ばし、剣先を向けると勝敗が決したと判断があった。


「強い……。レディ強いよ! 心配要らないじゃない!」


 あまりの強さと無事に勝てたことに舞い上がり急いで階段を駆け下りるが、レディを待つ間もなくあたしの名が呼ばれ出した。


「はーい、はーい。今行きまーす!」


 遂にあたしの出番が回って来た。

 兵士に促されるままに今度は階段を下りると、長い地下道が待っていた。


「これは真っ直ぐでいいの?」

「はい。途中曲がらずに行くと二股に分かれているので、それを左へとお進み下さい」


 兵士に言われた通り幾つかあった曲がり道を無視し二股を左へ進むと、行った先には鉄格子が道を遮っていた。


「ここで待てばいいのね?」


 格子の前に立つ兵士に確認すると、まだ試合中だからとの話だった。しばらく暇をもて余していると、勝者が決まった旨が闘技場に響き渡り大歓声が起きていた。


「いよいよね。あたしの出番!」


 大観衆の歓声の中へと赴くことへの高揚感を噛み締めていると、ついに鉄格子が開けられた。


「次は南街レーセンダム領主の推薦を受けた、女性剣士アテナの登場です!」


 宣言が終わると感嘆の声が沸き上がり、大きな拍手に闘技場が包まれた。目の前にある十段ほどの階段を登ればそこは決戦の地だ。

 高まる気持ちを抑えつつ、一歩、また一歩と階段を踏みしめると、光射す広大な砂の地へと降り立った。


「ここから王になるのね」


 大観衆があたしを囲むように見下ろし拍手喝采を送っている。が、それは次第に変化をもたらしていった。


「笑うってどういうことよ! 今に見てなさい、あんた達!!」


 喝采の後、ざわめきが闘技場を包み込むと何故か笑い声に変化していった。どうせ見た目で判断したのだろう、子供が出てくるとは思ってもいない人達の馬鹿にした笑い声だ。


「人は見かけによらないってこと見せてあげるわ!」


 誰かに言う訳でもなく自分を鼓舞する為に呟くと、対戦相手が目の前に立ちはだかった。


「こんな子供が相手なんて、オレはツイてるぜ」


 そんな言葉を口にしてるのは、筋肉隆々で傷だらけのいかにも歴戦の猛者を体現している男だった。


「子供が相手ね……。でも、その傷も子供にやられてたりしてね」

「なんだとお嬢ちゃん。もう一度言ってみろ!」

「何度だって言ってあげるわ。

 鍛え過ぎて脳まで筋肉になっちゃったから、子供にやられた事まで忘れちゃったんでしょ? あたしがその事、思い出させてあげるわね」


 片目を瞑って話を括ると、顔を真っ赤に今にも暴れてしまいそうに剣を何度も叩きつけ出した。


「早く始めろ! もう我慢ならねぇ! てめえなんざ瞬殺だ!!」


 試合でなければ既に襲いかかってきたであろう。

 始まりの合図が告げられると、男は直ぐ様剣を構え待ちきれない様子だった。この剣にあたしの剣先がぶつかるとそれが本当の始まりになる。

 あたしは半歩下がり息を整えるとゆっくりと剣を構え、合図を打ち鳴らした。怒り狂っている男のとる行動は一つ、構えている剣をそのまま降り下ろす。

 相手は右利き。

 あたしの予測より遥かに劣る行動、一度振り上げてから頭上へと降り下ろしてきた。それを難なく左に避けると剣先は砂地を叩き、前屈みになった男は尚もあたしを睨み付け、薙ぎ払う形で横へと一閃した。

 そして、それはあたしが待っていた行動だった。


「これでお終いよ!」


 持ち手側にいる相手への攻撃はバランスを崩しやすいとグランフォートに教えてもらっていて、それを実践する。

 あたしの姿を追うように体を捻る男の背後に回り込むと、膝裏を力いっぱい蹴りつけ膝を付いた男の首筋へゆっくりと剣を置いた。


「勝者、アテナ!!」


 勝った、と思い周りを意識するもそこは静寂が支配していた。


「あれ? どうしたの?」


 不思議に思って闘技場を見回すと、一気に歓声が沸き上がった。


「ま、まさか……。オレが負けただと?」


 歓声によってようやく負けたことを自覚したようだ。


「そうよ、あたしの勝ちよ! あなたは強いけど相手が悪かったのよ」

「お嬢ちゃんより……劣るってことか?」


 やはり大人が子供、更に女子に負けたとなれば相当に精神的ダメージが大きいのだろう。


「正面切ってまともに相手をしてたら、あたしなんか貴方に敵わないわよ」


 あたしは両腕を広げ本音であることを示した。


「だったら!」

「だって、貴方は幾つも間違いを犯しているじゃない。だからと言って、あたしに教えられたんじゃ頭にくるでしょ?」

「ぐぬぅ。今回は負けを認める。が、次に会った時は真剣勝負で相手をしてもらうぞ」

「いや、それは……。あたしが大人になってたら考えなくもないけど。剣技ってあまり得意じゃないしさ。

 それじゃ」


 兵士の呼ぶ出口へ向かっている間にも少し振り返ってみるが、まだ地を見つめたまま動こうとはしていなかった。あたしが思う以上の感情があるのだろう。

 出口へ近づくと観客の言葉が一層はっきりと聞こえ、それはあたしを応援するものばかりだった。意気揚々と手を挙げ、少なからず応えながら闘技場を後にすると膝が震え歩くのが困難になった。


「いかがなさいました?」


 地下道の一角で付き添いの兵士に声を掛けられ壁にもたれると、自分の中で沸き上がる感情を理解した。


「あたし勝ったのね……上手くいったのね! やっぱりやれば出来るじゃない!!」


 感じていなかった重圧から開放され、勝てた喜びに体が反応していたのだろう。両腕を突き上げ感情を爆発させると、体も大分軽く感じるようになった。


「こんなに嬉しいことってあったかしら。あたし、まだまだやれそうな気がするわ!

 この後もまだ試合はあるのよね?」


「えぇ。本日はもう一度闘うことになります。それに勝つことがあれば続きは明日になります」


 この高揚感のまま次へ繋げられるのは願ってもないことだ。

 大広間への階段を上るとレディが拍手をしながら待っていてくれた。


「やったじゃないか、アテナ! あの大柄な男を一瞬で負かすなんて、相当強いじゃないか!」

「ありがとう! でも、あたしは強いって訳じゃないんだ。レディの強さとは違ってね」

「いやいや。アテナだって充分な強さだったよ! こりゃあ次も負けられないさね」

「ねぇ、次はあたしとレディじゃないわよね?」


 勝った者同士が戦う次の対戦は、もしかしたらレディかも知れなかった。


「残念。そうだったら良かったのにな。あたいとは当たらないのさ」


 ほっとしたあたしとは逆に、心底残念そうに両手を広げ首を振っている。


「レディの相手はあたしより強いでしょ。あたしとやったところで勝敗は分かりきってるから面白くないと思うわ、きっと。

 それよりさ、休憩がてら他の参加者も見てみない?」

「まぁ、こればっかりはどうにもならないからね。見てみるかい? あたいも強いヤツがいるのか気になっているからね」


「決まりね! それじゃあ行こう、レディ」


 手を引き大広間からの階段を二人で上ると、空いている観覧席にて闘技場を見下ろした。

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