最終話

「りょうくん、一緒に帰らない?」


 最初は、僕の聞き間違いだと思った。僕が心の中で彼女に、くるちゃんにそう呼んでもらいたいと思っていて、たまたまその時に彼女に呼ばれたから、僕が錯覚してしまったんだと。


「私、りょうくんと仲良くなれて、とっても嬉しい!」


 でも、今度は間違いようがなかった。高校からの帰り道、彼女は僕のことを、「りょうくん」と、はっきりとそう呼んだ。


 一瞬、彼女は仲良くなった相手に勝手にあだ名をつける子なのかと思ったが、彼女の慌てようを見ると、そうとは言い難い。これは、確定だろう……。


「ちょっとだけ、あそこの公園に寄って行かない?……くるちゃん」


 彼女は咄嗟に何か言おうとしたが、僕はすぐに公園にむかって歩き出した。彼女も何も言わずについてきた。


「えっと……なんていえばいいか分からないんだけど……、久しぶり、でいいのかな?くるちゃん」


 彼女、くるちゃんも大きく頷いた。


「うん!久しぶり、りょうくん!会いたかったよ!」


 彼女からのストレートな言葉に、自分の頬が熱くなるのを感じた。


「ぼ、僕もずっと会いたかったから、会えて嬉しいよ」


 くるちゃんはぱあっと顔を輝かせた。


「ほんとに⁉ほんとにそう思ってくれてたの⁉それなら……すっごく嬉しい……!」


 彼女が見せる一つ一つの仕草が、とてつもなく可愛く見えた。五年越しの彼女との会話は、僕に彼女への愛おしさを一気にもたらした。


「それにしても、どうしていきなり?お父さん、戻ってきたの?」


「うん。お父さんがまた、本社に戻ることになってね。それならって、私たち家族みんなでこっちに戻ってきたんだ~。りょうくんの家とはすこし離れてるからおんなじ高校ってことはないかなって思ってたから、すごいびっくりした」


「それは僕も同じだよ。名簿見て、びっくりしたんだ。最初は同姓同名の違う人だろうって思ったんだけどね。顔見て一瞬で分かった」


 彼女は本当に嬉しそうな顔をした。


「私も、りょうくんが教室に入ってきたとき、すっごく懐かしい感じがしたの。それで、名前を聞いてびっくりしちゃった!だって、りょうくんと全く同じ名前なんだもん。……りょうくん、大人っぽくなったね。昔とは結構変わっちゃった」


「それは、くるちゃんも一緒だよ。昔よりもずっと大人っぽくなってる」


 なんだか、一気に二人で年を取ったみたいだ。おかしくて、二人で笑った。


「やっぱり、りょうくんと話すのは楽しいなぁ~!昔からずっと変わらない」


「僕もだよ。くるちゃんとなら全然飽きない」


 昔のようなやり取りができていることをすごくうれしく思っている自分がいる。くるちゃんとまたこうやって話せる日が来るなんて……!


 ふぅ……、とくるちゃんが一つ深呼吸をした。


「あ、あのね、りょうくん。私、またりょうくんに会ったら言いたいことがあってね……」


 そう言って、くるちゃんはもじもじとしだした。


「あ、あの……私、ずっと、多分、初めて会ったあの日からずっと、諒君の事が好きなの……!五年間の間、その気持ちはずっと変わらなかった。だから、あの、その……!」

「待って、くるちゃん。僕も言いたいことがある」


 それは、僕に言わせてほしい。


「僕も、君のことがずっと好きだ。五年間、一度も忘れることなんてできなかった。だから、今日こうしてまた会えたのが本当に夢みたいで……。くるちゃんのことが、好きで好きでたまらなくなる!だから……!僕と付き合ってください!」


「りょうくん……!はい、喜んで!」


 くるちゃんは、泣いていた。泣きながら、笑っていた。


「ごめんね。泣くつもりはなかったんだけど、嬉しすぎて……」


 僕はたまらなくなって、彼女を抱きしめた。


「りょ、りょうくん……」


「僕もすごく嬉しいよ。ようやく、くるちゃんに自分の気持ちが伝えられたから」


「うん、私も……!」


 一旦離れると、くるちゃんは顔を赤らめながら言った。


「あ、あのさ、せっかく、こ、恋人同士になったんだし、昔みたいな呼び方じゃなくてさ、ちゃんと、名前で呼ばない?」


 僕は名前でもあだなでも、どっちでも構わなかったから、彼女に任せることにした。


「じゃ、じゃあ、諒斗……」


「う、うん、くるみ……」


 二人で、顔を真っ赤にして俯いてしまった。恥ずかしくて、お互いに顔が見れない。


「あ、あのさ、諒斗、もう一回だけ、ぎゅってしてもいい?」


 びっくりして、倒れるかと思った。でも、そんなことを言われて、嬉しくないわけがない。


「いいよ、おいで?」


 僕が両手を広げると、くるみはその中に飛び込んできた。


 くるみのいい匂いがする……。


「諒斗、とってもいい匂いがする……」


「ふふっ」


 なんだかおかしくて笑ってしまった。まさか、同じことを思っていたなんて……。


「ねえ、くるみ。キス、してもいい?」


 気づけば、そう言っていた。くるみはあたふたと視線を巡らせてから、こくんと一回頷いて、僕に顔を寄せた。


 そして僕は、その柔らかな唇に、自分のものを重ねた。


「んっ……」


 顔を離すと、くるみは僕のことをトロンとした目で見つめた。そんな彼女が愛おしくて、僕は強く、彼女を抱きしめた。




 出会ったあの日から、気持ちを伝えるまでに五年もかかってしまった。でも、そんな時間なんて、どうでもいいと思えるほど、今が輝いているように感じた。今日まで、いつだって僕は心の中で、また彼女と出会えることを信じることで生きてきたようなものだ。そして、こうしてまた出会い、気持ちが通じ合った今、何だってできる気がする。


 君と一緒にいられるだけで、君が側にいてくれるだけで、それだけで僕は、生きててよかったって思えるんだ。だから、くるみ。ありがとう、また僕と出会ってくれて。そして、ありがとう、僕を好きになってくれて。



 僕はこれまでも、これからも、変わらず君を想い続けるだろう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

五年の時を経て、君と はちみつ @angel-Juliet

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ