第4話

 彼が教室に入ってきたとき、私はどこか懐かしいという感覚に襲われた。明確にどこがと言われても分からない。ただ、漠然と懐かしい感じがする。


 彼の席は私の後ろだった。まだ、あの懐かしさの正体は分からない。よし、こうなったら!


「あ、あの、よろしくお願いします……」


 やばっ!ちょっとどもっちゃった。だって、しょうがないじゃん。自分から男の子に話しかけるなんて、初めてなんだもん!


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……」


 いきなり話しかけられてびっくりしたのか、彼も少ししどろもどろになっていた。


 それから彼と一人暮らしの話題で盛り上がっていたけれど、担任の先生が体育館に向かうように言ってきて、残念ながらいったんここでおしまいだ。


 彼はすぐに移動しようと席を立ったから、私も一緒に行こうと思って、隣に立った。少し驚いたような顔をされたけど、唯一話せるのが彼しかいないんだから、これくらいは許してほしい。


「そういえば、君、名前は?私は花園くるみっていうんだ。よろしくね!」


 そういえば、まだ名前を聞いていなかったなぁなんて軽い気持ちで聞いたんだけど、彼は少し間をおいてから自己紹介をした。


「僕は林田諒斗。よろしくね、花園さん」


 私は固まってしまった。だって、彼の名前が、私の大好きな人と全く同じなんだもん。それに、思い出した。この懐かしい感じは、彼の目だ。私を包み込んでくれるような、優しい目。


「りょ、りょうと……りょうくん……」


 りょうくん……。ようやく会えた!まさか、こんな近くにいたなんて!


「花園さん?大丈夫?」


「ひゃい!だ、大丈夫!」


 いきなり話しかけられたから、びっくりしてしまった。それにしても、花園さん、か。昔はくるちゃんって呼んでくれてたんだけどな……。まあ、忘れちゃっててもしょうがないか。私は全部覚えてたんだけど、もう五年も前の話だもんね。


 ……でも!やっぱりこのままなんて嫌だ!こうなったら、絶対に思い出させてやるんだ!


 とりあえず……


「よろしくね!林田くん!」


 私は彼にとびきりの笑顔を送ったつもりだったが、彼は少し複雑そうな顔をした。あれ?どうしたんだろう?



「体育館に入ったら、自分の出席番号が書いてある席に座ってくださ~い」


 気づくとそこはもう体育館だった。仕方ない……、また後で頑張るか。


 私たちは二人そろって席に座った。彼は私の右隣。そこからは私たちの間に会話が生まれることは無かった。ただ校長先生の長い話を聞いて、優秀成績で合格した同級生の話を聞いて……。とにかく退屈だった。隣を見たら、りょうくんは真剣な顔で話を聞いていたから、さすがだなと思って、少し恥ずかしくなった。気づけば彼を視線で追っていた、気づけば彼のことを昔の様にりょうくんと呼んでいた。


 私、こんなにりょうくんのことが好きだったんだ……!


 彼がりょうくんだと分かってしまった今、私の中には彼ともっと仲良くなりたい、昔の様になりたいという思いがぐるぐると回っていた。



「それでは、今日から一年間、よろしくおねがいします!」


 担任の先生の話も終わり、初日の今日は午前中で終わりだった。なんだか疲れた。緊張したんだな、意外と。


 そう思いながら、彼と話をしようと思って後ろを振り向いたら、彼はすでに帰る準備を始めていた。


 一緒に帰りたいな……


 気づくと私は口走っていた。


「りょうくん、一緒に帰らない?」


「えっ……」


 うん?あれ、私今、彼の事なんて呼んだ?も、もしかして……!


「は、花園さん、家どっちの方なの?」


 よかった……。私、もしかしたら間違えてりょうくんって呼んじゃったかと思った……。


「え、駅の方だよ。って言っても、電車には乗らないんだけどね」


「それなら僕も同じ方だから、一緒に帰ろうか……」


 りょうくんは私が帰る支度を終えるまで待ってくれた。それにしても、さっきからどこか落ち着きがないように見える。どうしたんだろう……?



 彼と一緒に校門を出た。そこから、駅の方に向って二人で歩く。


「初日って緊張するから、授業なくてもなんだか疲れちゃった」


「それ、すごくよくわかるよ。僕も知らない人しかいなかったからすごく疲れた」


「林田くんと仲良くなれてよかったよ。初日に友達が一人もできないとなんだか怖くなっちゃってさ。この先うまくやっていけるかな~って。だから、ありがとね、仲良くしてくれて」


 彼は少し照れたように、私から顔をそむけた。


「そ、それはお互い様じゃない?僕も君と仲良くなれてよかったよ」


 私は舞い上がりそうになった。彼が私と仲良くなれてよかったと言ってくれた!彼とまた、仲良くなれたんだ!


「私、りょうくんと仲良くなれて、とっても嬉しい!」


 あ、と思った時には遅かった。完全に今、私、彼の事をりょうくんって……。


 もちろん、彼には昔のことを思い出してもらいたいと思う。でも、もし思い出してもらえなかったら、私は勝手に人に変なあだ名をつけている気持ちの悪い子になってしまう。りょうくんにそうやって思われるのだけは、耐えられない……。


「ねえ……」


 彼は落ち着いたトーンで私に言った。


「ちょっとだけ、あそこの公園に寄って行かない?……

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