第3話
クラスの名簿を見て、僕は固まってしまった。普段なら、自分の名前を確認したらすぐに教室へ向かうのだが、僕はその名前を見た途端、驚きで動けなくなってしまった。
花園くるみ 林田諒斗
名簿にはこの順で書かれていた。
いや、まさか。あの子がここにいるわけないだろう。だって、もうずっと前に引っ越してしまったんだから。
高鳴る鼓動をなんとか沈め、僕は平静を装って教室に向かった。そうだ、誰がいようと関係ない。今までと同じように平凡で平和な生活を送るだけだ。そう、誰がいようと……。
だが、教室のドアを開けて、僕は固まってしまった。
音に気付いた何人かが僕の方を見た。その中に、いたのだ。あの頃の彼女の面影を残した女の子が。
流石にここでずっと止まっているわけにもいかない。そう、どうせたまたま似ているだけであって、僕の勘違いなんだ。
教室の前に貼ってある座席表を見ると、僕の席は真ん中の列の前から四番目。教室の中心の席から一個後ろの席だ。まぁ、席の場所なんていうものはどうでもいい。問題は、僕の前の席の人だ。
そう、さっき彼女に似ていると言った、あの女の子だった。つまり、その子の名前は……
花園くるみ
これはもう、認めざるを得ないだろう。きっと、何らかの形で帰ってきたんだ、この街に。
事実だと認めると、僕の鼓動はさっきまでと比べ物にならないくらいに高鳴り始めた。そして、気づいた。
僕は、彼女のことが……花園くるみのことが、ずっと好きだったんだと
でも、彼女は僕を見ても全く何も反応しなかった。きっと、僕のことなど忘れてしまったんだろう。五年も前の、しかも週に一度ほどのペースでしか会っていなかったやつのことなど、忘れてしまう方が自然だ。
むしろ、五年間、片時も忘れることができなかった僕は、それほどまでに彼女に惹かれていたんだ。
僕はできるだけ自然な動作で自分の席に着いた。落ち着け、落ち着け!そう、僕と彼女は赤の他人。全く知らない人で、今初めてあった人。
必死に言い聞かせるものの、僕の心臓は全く言うことを聞いてくれない。
……そうだ!落ち着きたいときには本でも読んで、自分の世界に入ってしまおう!
鞄から、最近読み進めている本を出して、読み始めた。入学式まではまだ20分ほどあるから、ゆっくり読書ができるだろう。
と、思っていたのに、僕がまさに読み始めようとした瞬間、それは封じられてしまった。
「あ、あの、よろしくお願いします……」
あろうことか、前の席の、花園くるみに挨拶をされてしまった。もしかして、僕のことを!と思ったが、彼女が僕に向ける視線は、完全に赤の他人に向けるそれと同じものだった。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……」
なんとか挨拶を返したが、だいぶ挙動不審になってしまった。何をやっているんだか……。
ところが彼女は、それで終わりにはしてくれなかった。
「私、ついこの間、ここら辺に戻ってきたばっかりで、知り合いとかも誰もいないんですよね……」
声と言い、最近戻ってきたと言い、もうあの時の彼女で確定だろう。もう僕の心拍音は彼女に聞こえてしまうのではないかと思うほどに高鳴っていた。
「僕も、ここには知り合いが誰もいなくてね。家は隣の県にあって、今年からこの近くで一人暮らしなんだ」
緊張して、喋りだしたら止まらなかった。一人でこんなことをべらべらと……。相当やばいやつだと思われてないかな?
僕の心配は杞憂だったようだ。彼女はとても楽しそうに話を聞いてくれていた。
「へぇ!一人暮らしなんてすごいね!私は家族と一緒だからなぁ。ちょっとあこがれるかも」
「でも、色々と大変だよ。いざやってみると、面倒くさいって思うことも結構ある」
「それ分かるかも!やってみてからその大変さに気づくってよくあるよね!」
そんなことを彼女と喋っているうちに、僕らのクラスの担任とみられる人が体育館に移動しろと言った。今から入学式だ。
僕が立ち上がると、彼女も一緒についてきた。
「そういえば、君、名前は?私は花園くるみっていうんだ。よろしくね!」
さて、ここで彼女はどんな反応をするんだろうか……。
「僕は林田諒斗。よろしくね、花園さん」
「りょ、りょうと……りょうくん……」
何かぼそっと彼女がつぶやいた気がしたが、聞こえなかった。
「花園さん?大丈夫?」
「ひゃい!だ、大丈夫!」
もしかして、覚えているのか?いや、でも、そんなはずは……
「よろしくね!林田くん!」
そんなはずはない。あんな昔のことを覚えているのはきっと僕だけだ。それに、覚えていたところで何がどうなるというんだ。彼女は僕の目から見ても、可愛いの分類に入ると思う。それに、昔から人見知りではあったものの、仲良くなるととっても親切で優しくしてくれるいい子だった。
今は知り合いがいないから、たまたま後ろの席だった僕と行動を共にしているものの、明日になれば彼女の周りには友達と呼べる人がたくさんいるだろう。そう、やがて疎遠になるんなら、最初から知らない人だということにしていればいいじゃないか。
この思い出は、胸のずっと奥深くにしまっておけばいい。
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