第8話
必死にいつもの平静さを取り戻そうとしている
いわゆる『好奇心』というやつだ。
「なぁ、せ――『知り合い』って、誰?」
「だ、誰って、なんでそんなこと聞くんだよ?」
「いや、俺の知ってる人かなぁ? って思って」
困惑を含んだ顔。
警戒心を掻き立てないように悠栖は人当たりのいい笑顔で「なんとなく気になっただけ」と『好奇心』をオブラートに包んだ。
しかし那鳥の警戒心は予想よりもずっと強くて、悠栖の言葉を嘘だと否定してくる。
嘘じゃないと言っても聞き入れられないその様子に、那鳥のそれは『警戒心』と言うよりも『他者への疑心』の方がしっくり感じだった。
(んー、これって俺、まだ信用はされてないって事か?)
いや、恐らくそうなんだろうが、他のクラスメイトや寮生よりもずっと打ち解けてくれているように思っていたから、ちょっとショックを受けてしまう。
だが、幼い頃からクライストで生活する自分基準で物事を考えてはいけないと自分自身に言い聞かせ、那鳥が『疑心』と『警戒心』を抱かずに居られるまでもう少し様子を見ようと、足を踏み入れた彼の領域から出て行くことにした。
「まぁ言いたくないならいいや。でもマジ意外だよな。姫神が部活に入るとか。成績落ちたらヤバいって言ってたのに、そっちは大丈夫なのか?」
「べ、つにまだ入部するって決めたわけじゃ―――」
「ああ。そっかそっか。体験入部の申し込みしてないし、今日はとりあえず見学ってことか」
羞恥と居た堪れなさに那鳥が意地を張りそうな雰囲気を察してか、悠栖は深い話に向かないように会話の方向を修正する。
根掘り葉掘り聞きたい気持ちはどうしても捨てきれないが、それを理性的に処理する力はちゃんとある。
そして、安堵したのか目に見えて肩の力が抜けた那鳥の様子に、自分の判断が間違っていないと分かって笑みが零れた。
「もし入部するってなったら、何部かは教えてくれよな!」
「わ、分かったっ」
断られるかも? と少し不安だった言葉にも那鳥は素直に頷いてくれて、一安心だ。
和やかな雰囲気に包まれる悠栖と那鳥。
だが、いつまでもこうしてはいられない。
部活の時間が迫っているというのも勿論あるが、それ以上に身の危険が迫る状況に陥らないためというのが大きい。
部活等に向かう通路は先生の目が届きにくい場所。
そんなところに『姫』が居るなんて、要らぬ騒動が起こりかねない。
しかも今その『姫』は不本意ながら『二人』も居るのだから。
「悠栖、お前こんなところで何してるんだ?」
「! び、ビックリしたっ……。チカ、驚かせるなよ……」
学園生活に慣れていない那鳥には危険な状況だと言っても分からないだろうからそれとなく誘導してできるだけ人の多い場所に移動しようとしていた悠栖に掛けられる声。
明らかに低いその声に一瞬驚くも、すぐに聞き覚えのある音だと気づいて振り返る。
すると思った通りの姿が確認できて、ホッとしてしまった。
無意識に緊張していたのか、身体から力が抜けるのを感じる。
悠栖は唯哉の肩にもたれかかり「心臓にわりぃ」と愚痴っぽく呟いてそれを隠した。
「悠栖、お前なぁ……」
「ん? 何?」
「……いや、なんでもない。ほら、部活行くぞ」
もうとっくに部室に行っていると思っていたのに。
唯哉のそんな呆れ声に悠栖は空笑いを浮かべて謝る。と、唯哉が何かに驚いたように動きを止めた。
その反動は唯哉にもたれかかっていた悠栖にダイレクトに伝わってきて、すぐにどうしたんだと聞いてしまう。
「! あ、悪い。まさか姫神が――姫神君がいるとは思わなくて……」
「ああ、そっか。初対面か!」
裏では呼び捨てにしているからそのまま呼んでしまって思わず訂正する唯哉に笑いながら、悠栖は唯哉に那鳥を、那鳥には唯哉を紹介する。
二人とも良い奴だからすぐ仲良くなると思うぞ! 何て言いながら。
悠栖に紹介され、人当たりの良い笑い顔で「よろしく」と手を差し出す唯哉。
だが、那鳥はその手を取らず、むしろ身を守るように悠栖が間に立つように移動して「どうも……」と頭を下げて見せた。
人見知りか! と悠栖が突っ込むのはそれからすぐの事。
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