第7話
「悪い事は言わねぇから、部室棟には近寄んな。な? 用事がある時は先生についてきてもらうとかしろよ?」
「いや、実はその、……お、俺も部活、入るかも、しれなくて……」
部室棟は一般棟から離れているから、下手したら監禁とかされるぞ?
全くの冗談というわけじゃない言葉を冗談っぽく言って笑えば、思いもしなかった言葉が返ってきて驚いた。
だが、『何も言うな』と言われても頭に広がる疑問を口にしないなんて事、悠栖にはできなくて……。
「ど、どういう風の吹き回しだよ? 『将来何の役にも立たない事』なんだろ?」
「! だから、言うなって!」
部活動に打ち込んでいる生徒全てを敵に回すような言葉を平気で口にしていた奴とは思えない。いったい何があって考えを180度変えたのか。
悠栖の追及するような眼差しに那鳥は言葉を詰まらせ、後退る。まるで『追及してくれるな』と言わんばかりの態度だ。
悠栖は何も言わず、ただジッと那鳥を見つめた。
こういう時、言葉で問い詰めるよりも沈黙に頼った方が遥かに有効だ。眼差しは時として言葉よりも多く語るから。
「―――っ、分かったよっ。言うよ。言うから、そんな目で見るな!」
思惑通り、粘り勝ち。
那鳥はきょろきょろと周囲を見渡すと人が居ない事を確認して、でもそれでも心配なのか悠栖の手首を掴むと通路の端へと移動する。
那鳥に引っ張られるまま後ろをついて歩く悠栖は、よほど人に聞かれたくない理由なのだろうと理解し、言わなくていいと言ってやるべきかと迷った。
しかし、どうしても言いたくない内容ならそもそも何があっても話さないかと思い直し、口は噤んだまま『考えが変わった理由』を聞くことにした。
「絶対、絶対に今から話す事、誰にも言うなよ?」
「分かった」
「本当に絶対だぞっ!?」
詰め寄ってくる那鳥。思わず「近い近い」と肩を押して距離を保とうとしてしまう。
仰け反ってまで接近を拒否する悠栖に、那鳥は我に返ったのか咳払いを零して一歩後ろに距離を取った。
「悪い。つい取り乱してしまって……」
「い、いや、別にいいけど……」
「じ、実は、せんぱ――いや、知り合いに誘われて……」
視線を逸らして小さな声で『理由』を口にする那鳥。
言いかけた『先輩』と言う単語をわざわざ『知り合い』と言い直したところを見ると、相手との関係が微妙なものなのかもしれないと想像できた。
だが、それが悪いものではないんだろうと推測できるのは、その表情から。
いつもの警戒心を剥き出しにした『クールビューティ―』の異名を持つ男と同一人物とは思えない様子に、悠栖が本能的に感じたのは相手に対する『好意』だった。
(えーっと……、もしかしてこれ、早々に染まっちまった感じか……?)
悠栖は表情に考えが出てしまわないよう注意しながら考える。この那鳥の様子は不味い気がする。と。
那鳥はこの春外部からクライストに入学してきたばかり。
どんなに順応性が高くてもたった二週間かそこらで新しい環境に馴染むのは難しいはずだ。
那鳥は順応性が高いとは言えない性格だから、普通ならこの環境にまだ馴染んではいないはず。
いや、現に馴染んではいない。クライストの――いや、全寮制の男子校という特殊な環境で稀に発生するだろう『独特の風習』を、那鳥は理解できないと言っていたから。
数ある『独特の風習』の中でも特に那鳥が嫌悪感を示したのが、『同性への恋愛感情』。
悠栖も理解に苦しむ風習だと思うが、本気で好きになってしまったのなら仕方ないとは思ってる。
だが、那鳥は悠栖ですら理解を示す『本気の想い』すら『普通じゃない』と言っていた。男は女と一緒にいるべきだ。と。ゲイなんて気持ち悪い。と。
その言葉は実に辛辣なものだった。
教室で嫌悪を吐き捨てた那鳥の言葉に傷ついた者は、きっと多かっただろう。
同性愛に明るくない自分がフォローに回ったぐらいだから、あの時の雰囲気は思い出すだけでも胃が痛くなる。
しかしそんな那鳥から感じ取れる、『先輩』への『好意』。
今の目の前で動揺が隠せず俯いている那鳥が居なければ、あの那鳥が『男の先輩』に『好意』を抱くなんて絶対に信じることができない話だ。
たとえその『好意』がどんな種類の感情であれ。
だが、現に今自分の目の前で言い訳を考えているのか小さな唸り声を漏らしている那鳥が確かに存在していて、いくらこの後本人が否定しようとも『好意』の存在は否定しきれないといった感じだった。
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