第9話

「う、煩いっ。そうだよ、人見知りだよっ、悪いかっ」

「えぇ? でも今までそんな素振りなかっただろ?」

 威嚇してくる那鳥なとりは『人見知り』らしい。だが、悠栖ゆずが知る限り那鳥は『人見知り』というよりも『人嫌い』。

 そしてそれは相手に対する警戒心によるものだと知っている。

 信頼できる相手かどうか見極めるまでは言葉を交わす事すらしない那鳥は、まるで野生動物のようだ。

 だが、唯哉いちかは本当に良い奴で自慢の親友だから警戒する必要なんて全くない。

 だから那鳥に信頼しても大丈夫だと太鼓判を押してやる悠栖だが、那鳥の警戒は解けることはない。

「ちょ、オイ姫神ひめがみ! 態度悪いぞっ! いくらチカが温厚でも流石に失礼だろうが!」

「悠栖、悠栖。俺のことはいいから。……姫神君、ごめんな。こいつ偶に強引でさ。俺のことは無視してくれて全然かまわないから」

「何言ってんだよ! 俺は、姫神がチカのこと誤解してるから―――」

「だから、俺のことはいいって。……だいたいその『俺の友達同士なら二人も友達』って考え止めろって何度も言ってるだろうが」

「えぇ!? なんで俺が怒られんの?」

 理不尽だ! と喚くも、唯哉からは「お前は『人類みんな顔見知りだ』って性格な事を自覚しろ」と切り捨てられてしまう。

 人見知りからすれば悠栖のその友達を紹介をしてくる性格はある種の苦行なんだぞ。と。

 遠回しにお節介だと言われてしまえば、流石に凹む。悠栖は眉を下げ、不満顔で唯哉を睨んだ。だが、唯哉には通じない。

「拗ねてないで、行くぞ。部活に遅れる。ペナルティでボール触れないのは嫌だろ?」

「わ、かったよ……」

 今ならまだ間に合うと頭をポンポンと叩いてくる唯哉。

 身長差を見せつけやがってと腹立たしい思いをするが、見上げた唯哉の顔がいつも通り過ぎて、突っかかるのもバカバカしくなった。

 悠栖は那鳥を振り返ると「俺ら急ぐけど、お前も一緒に来いよ。姫神」と、友人に自分達と一緒に部室棟に来いと声を掛けた。あまり人目のないこの道を一人で歩くのは危険だから。と。

「『危険』って、俺だって男だし、これぐらい―――」

「分かった分かった! お前の言いたいことは分かった! でも、俺に部活中お前の心配させたくないって思うなら、頼む!」

 部活に遅れるわけにはいかない。でもこのままでは遅刻するかもしれない。

 そしてそれが自分だけならまだしも、唯哉も巻き込みかねない今、ある程度強引な手段を取ることは許して欲しい。

 パンっと手を合わせ、頼み込む悠栖。

 それに驚いたのか、それとも毒気を抜かれたのか、那鳥は小さい声ながらも分かったと頷きを返した。

 そうと決まれば、後は早い。悠栖は唯哉と那鳥を促し、部室の有る部活棟へと走り出す。

 道中、唯哉から那鳥の体力を考えて走れと注意を受けたり、脳筋だと息を切らす那鳥に悪態をつかれたりしたが、まぁ楽しかったから良しとしよう。

「時間何分だ!? セーフ? アウト?」

「一五分前。まぁギリギリだけどセーフだな」

 部室棟に到着するや否や時間を気にする悠栖。でも自分で時間を確認することはしない。

 それを唯哉は最初から分かっていたのだろう。

 文句一つ言わずわざわざ携帯をカバンから取り出して確認してくれる。

 着替えや練習準備の時間を考えると15分『も』あるとは思えない。悠栖は15分『しか』ないと大慌てだ。

 ここまで来ればよっぽどヤバい連中に絡まない限り身の危険はないはず。

 悠栖は那鳥に気を付けて見学に行けよと言葉を残すと、返事も待たずに部室へと急ぎ走り出した。

(三分、いや、一分で着替える! そしたら余裕!)

 頭の中で部室に入ってからの動きをシミュレーションして、タイムロスを極力失くす努力を欠かさない悠栖。

 部室に到着するとほぼ同時に完璧なシミュレーションを脳内で終え、時間配分もばっちりすぎる自分に自画自賛を贈る。

 だが、これはもう余裕だろうと慢心を抱いて部室のドアに手を伸ばしたその時、ドアの奥から先輩の声で『ある人物』の名前が出てきて、思わず伸ばした手を引いて後退ってしまった。

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