第10話 腹を割って話そう
睨むように凝視するか?
うっとりと見惚れるか?
「顔色があまり良くないようだが、大丈夫か?」
旦那様の第一声が私を気遣うものだったので、私の行動はあっさりと後者に決定した。喪女なので基本、ちょろいのである。どっちにしろガン見するんだけどね!
さて、気になる旦那様の容貌だ。
人間でいえば、三十歳を少し超えたあたりか。
後ろに撫でつけられた短い髪は漆黒。
瞳は紫がかった赤だ。少し暗い色であるおかげで、人間には有り得ない色味にも関わらず非実在感が薄らいでいる。
そして美形というよりは、ややいかつい系のハンサムであった。職業軍人、特に将校の格好をさせれば、この上なく似合うはず。
風呂で湯気越しに見た体格からすると、それもあながち間違いではない立場にあるのかもしれない。
―――正直、どストライクです…。
「…そなた、視線で穴を開けられるのではないか?」
旦那様は視線を泳がせ、落ち着かなげに身じろぎした。
「そんな特殊能力があれば色々と捗りそうですが―――念のため伺いますけど、その顔も寝癖的な感じですか?」
「これが元の顔であるぞ」
侍女たちの用意してくれた紅茶は、例のごとくとてつもない美味だった。私はストレートが好みだが、渋み苦みが少なく香り豊かで、チャイにしても負けない力強さを感じる。チャイか…今度アンに入れてもらおうかな。
「それより、具合が悪いのであれば遠慮なく言うがよい。そなたの身体は我が用意したのだ。至らぬ部位は調整せねばならぬ」
「え?」
旦那様のハンサムっぷりと紅茶の美味しさにうっとりしていたが、そういえば会うなり顔色の悪さを突っ込まれていたのだった。
ベースはそのままとはいえ相当に印象が変わったであろう全身整形には気づかないくせに、こういうことには敏感なのだな。
「それがですね、悩みごとがあって寝つけなかっただけなんです。でも、なんかもういいかなって」
「それも良くはあるまい―――悩みか。もし我に言いづらいのであれば…」
「いえ、別に。実は昨日すっごく悔しかったので、動物頭の旦那様にディープなキッスを喰らわす方法を模索していたら、いつの間にか夜が明けていて」
「一晩中、考えておったのか…」
「結局良いアイディアは浮かばないし、人間頭の時もあるならその時にすればいいかなあ、とさっき思いました」
「………そうか」
「で、起きたら酷い顔になっていたので冗談半分に旦那様のせいだと零したら、何だか侍女たちが興奮してしまって。こうしてお茶会の開催と相成ったわけです」
「朝からどうも、侍女どもからの呪いの波動がチクチク刺さると思うておったが、そなたのせいか」
あの子たち、そんなことできるの。つーか魔王相手に何してんの。
「…スコーン、美味しいですね」
「うむ」
確かに美味しい(特にクロテッドクリームが超ヤバい)のだが、細かいところを追及しない人で良かったとも思う。
「…時に旦那様、私をはねた車の運転手なのですが、何かご存知ですか?」
気不味かったので、露骨に話題を変えてみる。
私の問いに、そっとカップを戻した旦那様は記憶を探るように宙を見つめた。
「何故だ?」
「酷い経験だったでしょうから、何かしらのフォローをしておきたいです。例えば、事故の瞬間の記憶だけを消すとか?」
状況としては、急に飛び出してきた私を避けられなかっただけなのだが、罪に問われるように思うのだ。道交法は車に厳しいからな。
更に事故の相手が死亡したとなれば、精神的にもかなりの負担となるだろう。
「不可能ではない、が」
腕を組み思案する旦那様を、ここぞとばかりにガン見する。うーん、男前。
「一応、調べてはおるのだ。そなたをはねたのは三十三歳の会社員。妻と一歳の娘がおる」
「あー…」
申し訳なさに身の縮む思いがした。せめて仕事に支障がないといいのだが。
「身重の妻を残し、仕事の呼び出しだと偽って不倫相手の家へと向かう途中の事故であった」
「…急にどうでもよくなりました」
「うむ」
むしろ一生のトラウマになれ。
「それで、だな」
冷めてしまった残りのお茶を飲み干していると、旦那様の小さな声が聞こえた。珍しく口ごもっている。見ると、慌てて視線を逸らした。
「…我の見目はどうであるか」
「格好良いと思いますが」
なんだそれは。自慢か。
「そうではない…好きになれそうか?」
「ふ…ぐぅ…っ」
変な声が出た。
先生、旦那様が私より可愛いです!
脳内で転げ回りつつ、私は努めてにっこり微笑んでみせた。
「すごく好みのタイプです」
「…そうか」
思わず、といった様子で口元がほころぶ旦那様が可愛すぎてだな…。
魔物丸出しの目の色なのに、私を見るそれがあまりに温かくて、ついつい笑顔も本物になる。
「訊いておるようでその実、そなたには選択肢がなかったのでな」
「ここへ来る時のことですか」
「そうだ。我の手を取る以外、ただ死する道しかなかった」
恭しい仕草で私の手を取り上げる。
掌に触れる唇の熱さに、溜め息が零れた。
「心苦しく思うておった―――ゆえに我は、そなたに好かれることから始めねばならぬ」
「………は?」
今さら何を言ってるんだ…。
「待って待って待って。私、恋愛初期にしてはこれ以上ないってくらい旦那様のことが好きですよ。まさか伝わってないとか!?」
「まあ、薄々は。だが我に迫られれば否とは言えぬ立場もあろうし、打算があっても不思議でないし、何と言うたか人質が犯人に好意的になるという―――」
「…ストックホルム症候群………!」
じんわり視界が滲んできたあたり、私も順調に甘やかされているようである。
「それよ。そうしてそなたが己自身に騙されておる可能性もあるゆえ、ここはそなたも慎重に…」
「そんなもん、イッパツヤッチマエバドウトデモナルダロウガヨ!!!!!」
(王妃として不適切な表現があったため、カタコトでお送りしております。)
「そう自棄になるでない―――おい、なぜ泣いておる!? 待て、必ず早々に口説き落としてみせるゆえ、落ち着け!!」
前途多難、把握した。
旦那様の胸ぐらを掴んで揺さぶりながら、ヤラセロとか何とか叫んだような記憶があるのだが、この時の話になると旦那様が目を逸らして押し黙るので、多分気のせいだと思う。
絶対に、気のせいだ。
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