第9話 侍女たちは踊る

 

 目覚まし係のアン(可哀想に…)が寝起きの私を見て小さく悲鳴を上げた。


「王妃様! 目が…クマも…!」

「あー、いいの、いいの。ちょっと眠れなかっただけだから」


 別段、気にすることでもない。

 元の世界でもよくあることだったし、むしろ徹夜でヲタクな趣味に耽溺したりしていたのだ。ちょっと眠そうな顔にはなるが、機嫌だって悪くない―――いや、徹夜の内容にもよるな。今朝のは悪い方だった。一晩掛けて考え込み、ついぞ良いアイディアが出なかったのだから。


「でもね、旦那様が…」


 と目を伏せてみせたのは、だからほんの悪戯心だったのである。寝不足の原因であることは間違いないのだから。



 

 ―――王妃様、おむずかり。


 しかしアンが先輩侍女たちにご注進に及ぶと、何故か大騒ぎになってしまったのである。


「王妃様、蒸しタオルです。これで目の血色とクマを和らげましょう。微力ではありますが、魔力も込めてございます!」


 これはイライザ。野性的な縦長の瞳を持つ眼鏡っ子、というギャップも愛らしい知的な娘だ。


「魔界に知己もいらっしゃらない王妃様にお気遣いなさらないなんて!陛下は何をお考えなのかしらね!」


 侍女頭のレオノラは竜族の麗人。憤りつつも羽根枕に空気を含ませている様子を見るに、二度寝の準備をしてくれているらしい。


「ご心配なさらないでくださいませ。我らは皆、王妃様の味方でございます。陛下はお忙しい方ですが、必ずお会いできるよう手筈を整えますわ」


 とセルマ。水妖らしく透きとおるような肌の美しい娘がそっと手を取って慰めてくるのだから、もう居たたまれない。


 ちなみに事を大袈裟にしたアンは、ハンカチで涙を拭いながら、うんうんと頷いている。お前…お前なあ…。


 どうやら皆して、旦那様に放置されがちな私が傷ついていると誤解しているようなのだ―――なあ、魔族ってピュアすぎね?うっかり自虐ネタも盛れやしないんだけど。あと君ら私のことが好きすぎるだろう。なんで?なんでよ?理由がわからなさすぎて恐い。


 そして、気になることがもうひとつ。

 

 実は、王妃の部屋付き侍女は五人いるのだ。

 残る一人は皆の輪に入らず壁際にじっと控える、砂糖菓子のような美少女である。確か、マデラインという名だった。

 ふわふわのプラチナブロンドで瞳はアイスブルー。一見して魔族には見えないその娘が朋輩と話すところを、私は未だ見たことがない。

 つまり、あれだ。まさかこの子たちが、とは思うんだが…いじめ…だったりしない…かな?

 そしてもしそうだとすれば、私が介入すべきなのだろうか。人を使う側というのも何かと大変だ。


 考え込んでいると、あれよあれよという間にベッドに押し込まれた。目の周りに何やら塗りたくられて、その上にホットタオルをセッティング。手を撫でさすっているのはセルマだろうか。

 

 そうして寝不足の上に朝食でおなかいっぱいの私は、ひとたまりもなくシーツの海に撃沈したのだった。






「―――王妃様、お目覚めください。チャンスでございますよ!」

「へっ?何が!?」


 間抜けな返事と共に跳ね起きた私の目から、ぽとりとタオルが落ちた。

 すっかり惰眠スイッチが入ってしまったせいでさっきよりも眠い。できれば寝かしてほしいのであるが。


「陛下に十時のお茶をお持ちしたいと願い出たところ、お許しをいただいたのです!」

「王妃様の手ずからお持ちいたしましょう!」

「これでプチ・デートになりますね!」

「ああ、本当によろしゅうございました!」

 

 お、おう…。


 なんだろうこの、そこはかとなく惨めな気持ちになる流れ。

 眠いやら同情されるやらでテンションは地を抉るようであったが、満面の笑みで化粧品や服を抱える侍女たちからは逃れられそうになかった。


「で、でもさ、後宮を出ていいの? 旦那様は王宮で仕事中なんだよね?」


 化粧をされつつ抵抗を試みる私、ナイスガッツ。


「いいえ? 陛下はいつもお昼頃まで後宮で執務をなさっておいでですよ」

「え、なんで?」

「後宮にお泊まりだからでしょう」


「………えっ?」

 

 どうやら失言だったらしいアンがはっとした表情で口を覆ったが、もう遅い。他の侍女たちも、うろたえたように視線をさまよわせている。まあ、そうなるよね。私も思ったもん。


 だったら王妃の部屋に泊まれよ、と。


 ―――侍女たちがやたら私に同情的な理由がわかった気がした。






「陛下、お茶をお持ちいたしました」

「入れ」


 侍女たちが二人掛かりで重い扉を開き、入室を促した。


 カタカタカタカタカタ…。


「だ・ん・な・さ・ま~~~」


 ズバーン!と扉を開けて文句のひとつもいってやりたかったのだが、様にならないことこの上ない。トレイの上に意識を集中しすぎて、言語中枢までろくに機能しなかった。


 だ、だって、ほら、王妃様、飲食系で働いたことないから…。


「おい、どうした」

「お・ちゃ・で・す・よ~~~」


 トレイ越しの視界に大きな執務机が入った。よし、あそこまでか。

 こんな人形見たことあるぞ、と思いながら秒速二十センチでカラクリカラクリ歩いていると、


「あ」


 いつの間にか近づいていた旦那様に取り上げられた。失敬なことに爆笑している。目に入らなかった小会議用らしきテーブルにトレイを置かれ、どうにか人心地がついた。

 ふぃ~と額の汗を拭い、改めて旦那様に向き合う。

 と。




「……………………人っ!!!!!」


「…なんだ、今頃」




 今朝の旦那様は、驚きの人間頭であった。



 

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