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スタジオは空だったので、予定時刻よりも早く入りました。まだここには私一人で、部室棟にすら人は皆無でしょう。
だって、授業中なのですから。
しかも今日の午後は全国模試であり、今年の新入生の平均偏差が出される重要なテスト、と、入学式の日のホームルームで言われていたので、普通の人間は、この時間にここには居ません。
普通の人間ではない者だけが、ここに来ます。
確信しています。
ギターをチューニングし、エフェクターもアンプも細かくセッティングし、その時を待ちました。
当然のように防音扉は開きました。
「ういー。ちょっと寝起きだから、すっぴんごめんねー」
眠たそうに入室してきた金髪、江戸和セイカという名前だと来奈が言っていました。すっぴんがどうのと言っていますが、先日だってすっぴんでした。この人に、化粧なんか不要です。化ける必要なんてなく美女なのですから、逆に化粧が邪魔でしょう。
当たり前の様に備え付けのドラムに腰を掛けると、「あ、やば、スティック忘れた」とか言いながら備品棚を漁り始めました。
私は、この人が一番分かりません。音楽の腕は確かですが、音楽家の雰囲気がまるで無いのです。
来奈曰く「あれは、私の相手だから、千歳は無視していいよ」との事で、それはなんとなく私もそうだろうと感じていたので、深くは考えないようにしました。
「あ、千歳ちゃーん」
不意に呼ばれ、
「あ、は、はい!」
と、返答すると、セイカは寝ぼけ眼で首を傾げました。
「あ、ごめん。呼んだだけ。なんとなく」
「……はい」
不思議な人です。
それ以後、話しかけられなかったので、私は集中を開始しました。後五分で、彼女が来ます。漠然とした予感でしたが、彼女は午後一時丁度にあのドアを開けるはずです。
その五分で、私は、私を生成します。
下準備は昨晩行っていたので、五分もあれば十分です。
来奈が教えてくれました。
「三津谷のレベルに、全く到達していない。それは演奏技術云々の話ではなく、人生経験として。でも、それは仕方が無い。あちらは、生まれた時から大都会のスーパーエリート街道をエレベーターで昇っているの。でも逆に、地面の土の匂いを知らない。空の高さを知らない。星の輝きを知らない。貴女が飛び立つ瞬間は、三津谷を圧倒できる」
文学的な言い回しで、意味はさっぱりでしたが、気持ちは伝わりました。
ずっと考えていたのです。
なぜ、彼女は、前方の彼女を私に見せたのか。
私にはこう思えたのです。
人形を出す事に問題はない。問題は、その質だ。……と。
こう考えた時、三津谷の演奏意図が分かったような気がしたのです。彼女の人形には、包括的な広がりがあったのです。これを数学博士的な言葉に変えると「私は順列で、彼女は組み合わせ」です。
私は今まで、その場に合わせてその場で作っていました。それは毎回行われるのですが、その中でお気に入りがいくつかできていて「この時はこれ」「この場合はこれ」と人形を入れ替えていたのです。
しかし、三津谷はそうではなかったのです。彼女は、作りだした人形にお気に入りを定めていません。この人形の髪型と、この人形の服と、この人形の手と……と、部分的に入れ替え、その場に合う人形をカスタマイズするのです。
これは大きな違いです。
私は、過去の失敗を切捨て、成功例だけで部隊を編成していました。彼女は、失敗例を再編成して部隊を構成します。それでいいのです。むしろ、それが良いのです。
なぜなら、失敗の無い武勇伝ほど、聞いていて下らないものは無いのです。音楽とは人の為にあり、人が聴く為のものです。苦肉があってこそ、人は共感できます。
だから私には、あの広がりが不思議に見えてしまっていたのです。
でも、私だって馬鹿じゃない。方法が分かれば、在庫は幾らでもあります。
押入を開ければ、幾らでも失敗作達が積まれているのです。
今日は、そんな死体の群れをワゴンに詰めて引いてきました。
……まぁ、これは来奈が「どうせなら全部連れていきなさいよ。二、三体とかケチケチしてて渡り合える相手じゃないよ」と言ったからなのですが……。
死体とはいえ全てに思い出がありますから、呼び起こすのは造作もなく、昨晩全ての人形に復活の魔法をかけました。
彼女達の顔色、機嫌、体調を見るのに、五分もあれば十分です。
さぁ、こい。怪物退治の時間です。
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