6

 指定された場所は、学校の中庭を覗く備え付けのカフェテリアだった。


 とても静かな窓際の席で、彼女は紅茶を啜っていた。春の木漏れ日が差し込む中で、こうも当たり前に光を受け入れる人間は、そうそうお目に掛からない。


 人である事を辞めた人間の末路は、神か亡霊かと相場は決まっている。


 無論、私は亡霊なのだろうけど。


 私は、彼女の前の椅子を引いた。


「いいの? 授業に出なくて」

「ええ。一度も出席していない貴女に、それを咎める筋合いは無いでしょ」

「咎めてないよ。探ってるだけ。何度授業に出たのかなって」

「貴女の希望通りの回数よ」

「ふーん。そういう事」


 全く、残念だよ。


 三津谷朋。


 貴女は、私の予想を下回っているようだ。


 と、想った傍から紅茶カップを猛々しく更に置いた。

「何? それ。貴女、今、見下したわね」

「いや? 別に、私に合わせなくていいと思っただけ。そんな無駄道を通らなくても、貴女はきっと完成する」


 綺麗な二重瞼の奥から、禍々しく睨む瞳孔が私の隅々を睨めしてくる。

 一挙手一投足を逃さないつもりだろうけど、それは、たぶん悪手になる。


「貴女、名前はあるの?」

 探ってきた。

「勿論。変な聞き方しないでよ。名乗るのは構わないけど、まずは自分が名乗ったら?」


 この質問の意図が、彼女には分からなかった。

 闘志に溢れた瞳に、疑義の光が灯った。


「久しぶりに訊かれたわ、そんな事」

「そうだろうね。私は貴女の名前を知りたいのではなく、貴女がどう名乗るのかを知りたいのだから」


 瞳孔が一気にしぼむ。覇気が、彼女の体内に収束していく。


 時間はあげる。

 徹底的に考えなさい。

 どう表現すれば、貴女は、貴女となるのか。


 数分はかかると思われた回答は、瞬き数回もした後にやってきた。


 一度瞬くと、彼女の表情は別の人間になっていた。

 二度目を瞬くと、全身に甲冑が纏われていた。

 三度目にもなると、片手に添えられた剣が私の首筋に届いていた。


「教えてはあげません。聞きたくなったら、自分で調べなさい」


 そうくるか。

 面倒臭い女だ。

「じゃあ、そうするよ。三津谷朋さん。私は千神来奈、宜しくね」

 首筋の剣など無視して、片手を差し出した。


 彼女は眉間に皺を寄せたが、剣は引いて手を伸ばしてきた。


 んん……。


 流石に、これは無い。緩すぎるだろう、戦女神。

 彼女の指が私の指に触れる寸前、ボソっとぼやいてみた。


「私のこれね、前足だから」


 彼女の手が止まり、またも一瞬で体が過熱している。

 笑ってしまった。


「あのさ、もういいよ、それ。いい加減、そんな小躍りが私に通じないって分かってるでしょ?」


 言った傍から、彼女は嘆息した。その嘆息と共に、色々な物が抜けて行く。目で視認できる程、彼女の筋肉は弛緩して、自然に纏われる空気の色さえ変わっていく。視界が歪むようだ。空間そのものを捻じ曲げられた気分だった。


 吐き気を催しそうな変貌を遂げると、目の前に、存在があった。


 下手な形容詞は必要ない。


 そこに、彼女が、いた。



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