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その少女は、神に選ばれし人間だった。
五歳の頃には「トルコ行進曲」を弾いていたし、七歳の頃には「革命」を弾いていた。十歳の頃にはフランス王室の御前演奏もしたし、十二歳にもなるとジュニアタイトルを総なめにしていた。
そのどれもに、先人が居た。同学年の、同じ学校に。
奇運にも、彼女の才能は世界最高峰のピアニストの目に留まった。
女神と呼ばれるその彼女は、弟子を探していた。彼女は、少女を見つけ、おそらくこう言った。
「コレでいいわ」
意気揚々と向かった女神の傍の椅子は、既に、誰かの座った重々しい尻の跡が残っていた。
それが誰なのか、彼女は知っていたのだろうけど、見て見ぬ振りをした。
なぜならその女は、「自分の世界くらい、自分作る」と豪語して、圧倒的にレベルの劣る小中学生と、オーケストラごっこに興じていたからだ。
少女は目指した。
彼女の居ない、プロという居場所を。
そうして積み重ねた研鑽。
少女は確固たる技量と自信を宿し、登竜門へと向かっていく。
世界コンクール。
十四歳で、初めての挑戦だった。
結果は六位入賞。
世界の民の多くは歓喜し、時代の幕開けだなどとほざいたが、少女にとって、破門宣告と同意語だった。
師匠の女神は、彼女にこう告げだろう。
「私は、十二歳で優勝したけど……、貴女、いくつで、何位なの?」
おまけに、魔法の言葉まで付け加えた。
「あぁ……、恥ずかしい。あの子なら、こんな恥をかかずにすんだものを」
その後女神は、少女を天界から追放した。
地獄に落とされた少女は、そこで、悪魔に拾われた。
悪の王は、少女に札束を投げつけた。
「金と夢、どちらが正しいと思う? 欲しいものを、くれてやる」
少女は、きっと、答える事ができなかった。
だから今でも、地獄の底で、泥に塗れた鍵盤を押している。
彼女の経歴から垣間見えるストーリーは、当たらずしも遠からずだろう。
みな色々なものを背負ってはいるのだろうけど、本質はさほど変わらない。大別できる範囲でしか分類されない。人が人である以上、分類内にしか収まれないのは、原理的に肯定せざるを得ないだろう。
その上で、坂之上と千歳は告示している。進んだ人生は違っていても、大分類は同じである。
他者評価を、受け入れられなかった人間。
そもそも評価をされなかったのか、そもそも評価を感じる事ができなかったのかは、この際どうでも良い些細な違いで、結果として彼女達は、自分の本質を社会という場に出せずにいる。
故にあの二人は、セットにする価値はある。
学校へ向かう途中、携帯電話が鳴った。電話番号を使ったショートメールであり、差し出し人の番号は登録されていないものだった。
まあ、文面を見れば誰が出したのかは一目瞭然だ。
「セイカの案には乗るのだけれど、その前に、まだ貴女の言葉を聞いていない」
彼女も気付いているようだ。
当然か。
そういう人種なのだ。私も、この子も。
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