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愛乃千歳が言うには、来週末にオーディションがあるそうだ。先日あった入部オーディションとは違い、こちらが本番らしい。
一応調べてみたところ、この学校の軽音部には4大イベントというものがあるらしい。
5月の皐月祭、8月の夏フェス、10月の文化祭。12月の全国大会。
うち、夏フェスと全国大会は高校生全体のもので、皐月祭、文化祭はこの学校独自のイベントである。12月に全国大会が行われるという偏差値の低そうな日程だが、まぁ、それはどうでも良い。おそらく、そこまでの期間は必要ないだろうから。
中でも、最も知名度が高いのが夏フェス。
理由として、このフェスは「十代である事」が唯一の参加資格であり、プロアマも問わず、学生か否かも問われない。学校外のバンド、所謂「外バン」とかいう奴でも参加でき、例年、プロのミュージシャンや有名アイドルなども参戦する事実上の日本一決定戦だ。
つまり、そこが山の持って行き場所だ。
では、皐月祭とやらは何か?
これは、バークリード女学院にあるバカでかい演芸会館、収容人数二千人という規格外の建屋。あれが「皐月会館」というらしく、数年前に完成した。
その記念に、文化部がイベントを開くという、まぁ、よくある祝祭だ。
ゴールデンウィークの初日に開催されるイベントである事から、このイベントにはある特殊効果が付与される。
新入生対在校生のガチンコバトル、第一弾。
この性質上、「オーディションの皐月祭」とか呼ばれているようで、オーディションが本番より盛り上がるという特殊なイベントらしい。
毎年このオーディションの様子をネット動画で配信しているが、オーディションの再生回数が桁外れだ。とりわけ、去年の軽音部は一か月で一千万回再生。昨日までの再生回数は、二千万回再生を超えていた。
この数字だけを見ても、この学校の軽音部が如何に破格のムーブメントを作っているのか理解できる。
こうして、新入生への荒い歓迎式典が始まるわけだ。
とはいえ、入学したての新入生と在校生では色々と条件が違う。特に、軽音部は圧倒的に新入生が不利である。
なぜなら、千歳のように一人で来たものもいるだろうし、入学してからバンドを組む者もいるはずだ。(予想では、無計画に一人で来た生徒とかほぼ皆無なのだろうけど)。
それ以上に、大きいのはキャリア。具体的には「持ち歌(オリジナル)」の知名度。
調べたところ、中学生の段階で名を馳せた者が多く入学している為、オリジナル楽曲を持っている生徒もいるはずだ。中学生全国大会の上位入賞者はほぼこの学校に入学してきている。
でも、知名度は雲泥の差だろう。
単に、去年の中学生全国大会の動画再生数は、百万回程度である。これでもかなりの再生数だが、これには仕掛けがあり、優勝した人物が有名人だったのだ。プロダクションにも所属していて、ドラマや映画にも引っ張りだこで、超有名アイドル歌劇団でもメインに据えられている、所謂国民的スター。そんな人間が居たから、この大会はこれほどの再生数になったが、彼女の居ない動画を平均してみると十万そこらが平均値である。
平均で百万回再生を超えているこの学校の軽音部在校生と彼女等では、楽曲知名度が違いすぎる。
演劇のように同じ役を何人もの生徒が演じる分けでは無いし、吹奏楽部のように同じ旋律を何人もの人が弾く分けではないので、単純に楽曲知名度で差がついてしまう。
そんな理由で、この皐月祭は「カバー曲限定」という暗黙の了解があるらしい。既出の音源だけで、上級生は演奏するそうだ。
全く、人というものは愚かしい。
一見平等とも思える条件は、実体を成さないものだと理解できないようだ。
そんなものを採用してしまうから、より顕著に格差が生まれてしまうのだ。
「ん……あ、違うか」
この軽音部のボスは、あの馬東クリスだ。であれば、むしろ逆だろう。より顕著に格差を生むためにそうしているのか。
平等というシステム概念を根底から覆したあの化物が、こんな場所で見落とすはずもない。
平等とは、一握りの傑物を生み出す為に、最も有効なシステムである。
それを私は、生まれてこの方、まざまざと見せつけられた。
例えば「無料」というシステム。彼女が初めて世に出たのは、「無料動画サイト」の発明だった。その直後に「無料SNSサイト」を立ち上げた。
あらゆるものを、彼女は無料化した。
その上で、自身の顔と名前を世間に出して広告した。それ以前でも彼女は「神童」と呼ばれていたし、知る人は誰でも知っている会計ソフトを作っているし、マイクロソフトと江戸和財閥の業務提携は彼女が居たからだと言われているし、そもそもこの業界では神童だった。
そんな彼女がなぜ、わざわざ「江戸和の神童」と企業名まで利用して自分を世間に売り込んだのか、私は単純な憶測しか立てられなかった。
無料化は、広告宣伝で稼ぐため。
だから自分を看板に作り替えているのだと、錯覚した。
そんな、安直な馬鹿が、世界を動かしているはずがないのだ。
彼女を筆頭にIT時代は全盛期を迎え、数々のスター企業を生み出した。そうした数々のスター達により、時代は大きく変革した。激変した。これほどの短期間で、こうまで世界が変貌するなど誰が予想したか?
馬東クリスは、していたのだ。
「無料」により生まれた最たる成果は、既得権外の人間が、誰でも、才能さえあれば億万長者になった事につきる。
インターネットの出現により変わったのは、アイデンティティである。
彼女は言う。
「見方を変えれば、どうとだって世界は変えられる」
彼女が得たのは、広告戦略で得た小銭ではない。莫大な量のビッグデータと、そこに世界の変貌を見据える新な才能達。
それは即ち、新世代の世界政府と言っても過言じゃない。これは全て、「無料」という圧倒的な平等から生まれた、新人類の選抜だったのだ。
話を戻すと、「カバー楽曲のみで」という条件は、一見平等だが、実体は顕著な選抜だ。
誰もが元ネタを知っていて、元と今との違いを、観客が認識できる。どれだけ違うのかも認識できる。
その違いの大きい小さいは、同時に才能の差に直結するように見えてしまう。
人との違いが、イコールで個性に見えてしまうのだ。
そんな浮ついた認識論を考えているような連中を、まとめて振るい落とす。
これが、このオーディションの本質だ。
極めて本質的に、才能だけを求めている。
と、なると、話が更に回帰する。
なぜ、音楽なのか?
この辺りを私が見える人間なのかどうか? そんな振るい落としも兼ねられている気がして、胸糞悪かった。
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