4月3日
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「明日学校へ行ったら、無理に人と話をしなくていいから。たぶんできないだろうし、たぶん辛くなるだろうから、その時は保健室にでも退避したらいいよ。でも、部活だけは行った方が良い」
彼女の言葉には、逐一説得力がありました。昨晩の予言めいた内容は悉く的を射て、私は早々に保健室に退避していました。
異変は、駅のホームに居た時から始まっていました。それほど多くないサラリーマン達の数人が、私をチラチラと見ています。
年齢的には二十代くらいの若い人達です。電車に乗り新宿に向かうと、駅ごとに増えてくる人の母数に比例して、私を見る人が増えていました。
こそこそと話す声も聞こえてきます。
「あれ、バークリードの制服」
「愛乃千歳だよ、昨日の。絶対」
最寄り駅に到着する頃には、その視線は周囲360度、どこからでも私に向けられていて、学校の校門に到着するや否や、「新聞部」という腕章を装着した生徒に詰め寄られました。
予言通り、私は何も喋る事ができず、予言通り、辛かったのです。
矢継ぎ早に質問される全てに、回答が用意できませんでした。
私ではこの波に対応する事ができなくて、一速で保健室へ退避しました。ここから出るには、彼女の力無しには不可能に思えました。
彼女が来てくれれば、全部答えてくれるはず。
そう願い、神に祈るように合掌していた時、不幸のメールが入りました。
「今日、休むね。無理しなくていいから、保健室で寝てればいいよ。それより、今日の部活はハードになる。戦の神が接触してくる可能性が高い。もし彼女と対面したら、全力で戦いなさい。この学校にいる限り、そいつから逃げる事はできなから」
昨晩から、彼女は示唆していました。
この学校には、想像のはるか上を行く化物が存在していて、その根城となっているそうです。
「私が居れば助けるけど、そうそう都合よく居る分けでもないから、自力でなんとかする場面は今後もあると思う」
とは言っていましたが、まさか初日から不在とは思いませんでした。
正直私は、彼女に任せてしまうつもりで昨晩も安眠してしまったわけで、何の対策も、情報すらも無かったのです。
寝ていれば良いとは言われたものの、とてもそんな気にはなれず、スマホで色々と探ってみました。
調べている最中に思ったのですが、私は、この学校を選んだ理由が不明でした。
軽音が有名な事は知っていましたが、それすらもたまにテレビで見る程度したし、そもそもあまり人に興味が無かったのかもしれませんが、漠然と音楽をやる場所として有名だからここを選んだだけだったのです。
今日も校門前で「なぜバークリードに来たんですか?」と聞かれましたが、答える理由が何も無かったのです。
今後もこのような質問はあるのでしょうし、せっかく半日も暇があるのですから、そうした一応の理由作りの為にも調べてみる事にしました。
検索エンジンに「バークリード」と打ち込むと、真っ先に「軽音」と出てきます。
その次が「蔭木コメ」次が「成城院翼」次が「エマ」。流石に、この辺りは私でも知っています。「BIG3」と呼ばれる三本柱です。彼女等を筆頭とした三バンドが、現在のオリコンチャートを賑わせていて、昨今の軽音ブームの火付け役です。
中心人物達だという事は分かりますが、検索の数ページは彼女達の話ばかりで、その合間を縫うように「馬東クリス」のページが点在する程度です。
馬東クリスとは、この学校のみならず世界的に有名な天才実業家で、この学校の母体である「江戸和財閥」において「神童」と呼ばれている少女です。軽音ブームをプロデュースしたのも彼女であり、同じ在学生でありながら学校理事、代表経営者でもあります。
十ページほどめくりましたが、この人達の話ばかりです。正直「BIG3」はあまり興味がありません。
蔭木コメのバンドメンバーである坂之上弥子には昨日大敗しましたが、あの子も「負けてない」と言っていましたし、私も、本当は負けたと思っていないのかもしれません。演奏を聴いた直後は混乱しましたが、彼女が言うよに、私自身負けていないと思っていたと、今なら思います。
その坂之上が、BIG3では飛び抜けて技量が高いのです。
とはいえ、このレベルでの「技量の勝ち負け」にはあまり意味がありません。BIG3のメイン三人は、やはり独自の世界観を持っていて、上手い下手とかいう技術的な話だけは語れないものを持っています。
人を惹き付けるものがあるのです。
そうした意味では、まともに争う必要性が無いかと思われます。当たり前ですが、馬東クリスといった「経済界の大物」と音楽で張り合う意味もありません。
それでも彼女は「戦え」と言いました。
そんな相手がいるようには思えなかったのですが、時間もあるわけで、学内イントラサイトでも覗いてみました。
そこに、一際目を引くスレッドがありました。スレッド数、閲覧数共に、今週の一位となっていたスレッドです。
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