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「ん」


 私は、はっと目覚めた。

 あの時間から、いつの間にか眠ってしまっていた。

 時計を見ると、既に昼の十二時を回っている。


「あぁ……」

 しまった。


 昨日あれだけ約束したというのに、今から学校に行っても終わってしまっている。


「そういう事も、ある」


 仕方が無いのだから、私はつけっぱなしのパソコンからメールを打った。


 愛乃千歳(あいのちとせ)に、取り合えず指示を送った。

 

 私は元来あきらめが良く、計画性が非常に高い。だから、今日何が起きるのかは概ね予想ができていて、既に手は打ってあった。


 よって、指示だけ出して、もう一度寝た。


 睡眠を取ろうと思える事は、今の私には重要だ。通常時であれ、普段脳をフル回転させている分、人よりも休息を多く必要とする。

 昨日などは更に、愛乃千歳のうだつの上がらない女子トークを帰路の電車で延々聞かされた為、肉体的疲労まである。

 

 彼女は、良く喋る奴だった。


 箍が外れた、というのが正解かもしれない。


 私が味方になると言った瞬間から、目の色が変わった。そこからずっと、話を聞いていた。

 おおよそ、生まれてから今までの人生の全てを聞いた。とてつもなく言語力が低かったので解釈するのは容易ではなかったが、まぁ、要は、


「私は独りなんだ」


 と、語っていた。


 度々出てくる「塾」とか「先生」とか、その辺りがキーワードなのは間違い無いが、あんな文章力では一般人には伝わらないだろう。


 これくらいの年齢で「孤独」を感じる子供は大勢いるのだから、上手く組み立てれば太宰治並に共感を得られるストーリーでも作れるのかもしれないが、如何せん雑音が多くて要領を得ない。


 人と話した経験が少なすぎる。


 故の会話力の欠如。ほとんど全てが短文なのに、全く核心に迫った言葉が出て来ない。気持ちはあるのに、語彙力が無い。


 それは、彼女の話す人生譚についても現れていた。


「私ね、私ね、私ね、私ね」


 全ての人称代名詞が「私」なのだ。

 内容もこれに付随して、「私は〇〇だった」というものばかりで、周囲の背景を語る語彙力が無いものだから、何を言っているのかさっぱり理解できない。


「それは、いつの話? どこの話? 誰がいたの? 何をしていたの?」

 などなど、私が質問してあげなければ5W1Hすらも使えない。

 

 女子というより、幼児だ。

 

 幼児の話相手を、なんと深夜二時まで付き合わされた。うちの近くの公園で、延々と……。


「もう、そろそろ帰ろう」と言っても「私のうちも近くだから!」と言って、また話始める。

 最終的には「あ、ちょっと、トイレに帰っていい? 一回」と言ってブランコから降り、私はそれを見計らい、実は私はもう一時間も前からトイレに行きたかったものだから「あ、じゃあ私も。続きは、明日ね」と言って強引に別れた。


 あんな会話で彼女を理解できるのは、おそらく世界に一人しかいないだろうし、「明日」とか適当に約束してしまったものだから、今日は学校で私をひたすら待っているのだろうし、私の責務は大きい。でも、体力回復が追い付かない。


 寝る。


 稚拙な会話ではあったが、概ね、私には全貌が見えていた。


 よって、二度寝する権利がある。


 私の論理に間違いは無いはずだ。


 原理的に証明できる論証だ。


 やはり、言葉により、人の行動は限定されるのだ。


 私も……ね。

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