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 と、勿体付けて学校の志望動機を語ってみたが、実はほぼ嘘だ。


 単純に私は、誰も知らない場所に行きたかった。


 学校の生徒は、全員邪魔だった。私を天才天才ともてはやし、数学オリンピックの女子代表になった時など、街を上げての壮行会があり、学校でもあり、クラスでもあり、友人間でもり、町内会でもあった。数々の表彰も受けたし、クラスメイトに勉強も教えたりした。


 その全てが、邪魔だった。


 数多の送迎会は、全て無駄だった。この人達は、私から時間と体力を奪うだけの存在でしかなかった。


 それでもこれを行ってしまった。


 社会を敵に回す事。そのリスクは、回避すべきだと論理立てる事ができたからだ。その時の人付き合いを無碍にしていれば、余計に面倒な柵ができただろう。その論理が見えていた。だから仕方が無かった。逃れられなかった。私が、人間である以上、見える論理からは逃げられなかった。


 どこかの歌手の詩ではないが、いらないものが多すぎる。


 だから、わざわざ、誰も行くはずが無い私立の学校を選んだ。


 私が私立に行くというものだから、母親は仕事の時間を稼ぎのよい夜勤に変えた。「天才の娘が名門私立に行く」のだから、働くしかない。「かといって、下宿までさせる資金は得られない」。あんな街を上げての壮行会などしてしまったものだから、引くにも引けない。


 全て、計算通りである。


 母の収入、祖父母の貯金残高などを全て把握し、計算した。

 これで私は、長時間の通学時間と、不要なクラスメイトを排除できる環境にした。


 論理に従うのは、なにも私だけではない。


 その初日に解く問題をプレゼントしてくれた「C」に感謝する。


 適当に微分式を頭に過らせていると、視線に気づいた。

 隣席の学生が、ずっと私を見ていた。


 余計な視線だったので排除しようとしたが、駄目だった。

 私を見つめる綺麗な二重を見た時から、それが、脳の視界を支配していた。

 ずっとそうだ。入試の日から、駅の搭乗口から、ずっとそうだ。

 私は、彼女を見た日から、逃れられない。

 いくら数式を脳裏に浮かべても、その背後から彼女の顔が浮かんできてしまう。


 これは、受験のあの日から推測できていた事態だった。だから、わざわざ電車の搭乗時間をずらして帰宅した。


 それを忘れ、なぜ、私は彼女の隣に並んでしまったのだ。


 仕方なく、訊ねた。

 見てしまった以上、もう、仕方が無いのだ。


「私の顔に、何か書いてありますか?」

 彼女は即答した。

「そんな……無駄な……」

 ぞっと、背中が震えた。


 彼女と目を合わせると、即座に顔を背けられた。


 何もかにも、見透かされた。そんな気がした。


「隣に座るの、やめた方がいいですよ、お互いの為に」


 光が、彼女に見えてしまった。

 これが、後光というものかもしれない。


 後光かもしれないが、彼女が邪魔である事に変わりは無い。


 本当に彼女が私を見透かすのなら、この言葉にも反応できるはずだ。

 試しに、言ってみようと思った。


「貴女の、友達になりかねないから」

 彼女も目を丸めた。

「……あ、……はい」


 論理は構築されていない。

 明白に呆然としている。

 でも、


「無理、です……」


 言葉は正直だ。

 ちゃんと分かっているようだ。

 それきり、一言も言葉は交わさなかった。

 彼女はこちらに顔も向けなかったし、私も向けなかった。

 でも、頭の中の数式は、一行も進まなかった。

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