5
と、勿体付けて学校の志望動機を語ってみたが、実はほぼ嘘だ。
単純に私は、誰も知らない場所に行きたかった。
学校の生徒は、全員邪魔だった。私を天才天才ともてはやし、数学オリンピックの女子代表になった時など、街を上げての壮行会があり、学校でもあり、クラスでもあり、友人間でもり、町内会でもあった。数々の表彰も受けたし、クラスメイトに勉強も教えたりした。
その全てが、邪魔だった。
数多の送迎会は、全て無駄だった。この人達は、私から時間と体力を奪うだけの存在でしかなかった。
それでもこれを行ってしまった。
社会を敵に回す事。そのリスクは、回避すべきだと論理立てる事ができたからだ。その時の人付き合いを無碍にしていれば、余計に面倒な柵ができただろう。その論理が見えていた。だから仕方が無かった。逃れられなかった。私が、人間である以上、見える論理からは逃げられなかった。
どこかの歌手の詩ではないが、いらないものが多すぎる。
だから、わざわざ、誰も行くはずが無い私立の学校を選んだ。
私が私立に行くというものだから、母親は仕事の時間を稼ぎのよい夜勤に変えた。「天才の娘が名門私立に行く」のだから、働くしかない。「かといって、下宿までさせる資金は得られない」。あんな街を上げての壮行会などしてしまったものだから、引くにも引けない。
全て、計算通りである。
母の収入、祖父母の貯金残高などを全て把握し、計算した。
これで私は、長時間の通学時間と、不要なクラスメイトを排除できる環境にした。
論理に従うのは、なにも私だけではない。
その初日に解く問題をプレゼントしてくれた「C」に感謝する。
適当に微分式を頭に過らせていると、視線に気づいた。
隣席の学生が、ずっと私を見ていた。
余計な視線だったので排除しようとしたが、駄目だった。
私を見つめる綺麗な二重を見た時から、それが、脳の視界を支配していた。
ずっとそうだ。入試の日から、駅の搭乗口から、ずっとそうだ。
私は、彼女を見た日から、逃れられない。
いくら数式を脳裏に浮かべても、その背後から彼女の顔が浮かんできてしまう。
これは、受験のあの日から推測できていた事態だった。だから、わざわざ電車の搭乗時間をずらして帰宅した。
それを忘れ、なぜ、私は彼女の隣に並んでしまったのだ。
仕方なく、訊ねた。
見てしまった以上、もう、仕方が無いのだ。
「私の顔に、何か書いてありますか?」
彼女は即答した。
「そんな……無駄な……」
ぞっと、背中が震えた。
彼女と目を合わせると、即座に顔を背けられた。
何もかにも、見透かされた。そんな気がした。
「隣に座るの、やめた方がいいですよ、お互いの為に」
光が、彼女に見えてしまった。
これが、後光というものかもしれない。
後光かもしれないが、彼女が邪魔である事に変わりは無い。
本当に彼女が私を見透かすのなら、この言葉にも反応できるはずだ。
試しに、言ってみようと思った。
「貴女の、友達になりかねないから」
彼女も目を丸めた。
「……あ、……はい」
論理は構築されていない。
明白に呆然としている。
でも、
「無理、です……」
言葉は正直だ。
ちゃんと分かっているようだ。
それきり、一言も言葉は交わさなかった。
彼女はこちらに顔も向けなかったし、私も向けなかった。
でも、頭の中の数式は、一行も進まなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます