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入学式も平坦に終わったところで、さっさと帰宅しようと思った。あまり長居をすると外部生徒と友達になろう大会が始まってしまうから、その前に抜け出す。特に、この学校は幼稚園から大学までがエスカレーター式となっている私立高校なので、このイベントの発生率は高い。
よって、早々と抜け出そうとしたのだが、どうにも雰囲気がおかしい。
どの生徒もまずはパソコンを開けて、その上で賑わい始めた。
なぜ、パソコンを開けた?
廊下を進みながら各教室を眺めたが、全ての教室で同じ作業が行われている。
不思議に思い、廊下で立ち話をする生徒の会話に耳を傾ける。
「今回はどうなんだろうね? やっぱり『月光雪華』かな? 楓ちゃんやっぱり、めちゃくちゃ可愛いかったし」
「んん、でもさ、今期は不作の年だよ? 月光雪華だって、あぁ、あと吉木だって、凛堂優香に完敗だったわけじゃん。で、凛堂は白水でしょ? うちに居ないし」
「でもね、凛堂さん以外、有力な人はみーんなウチにいるんだよ? 私のクラス、長野のセラさん居たよ?」
「あー、私のクラスにも千葉の有村がいたわ。ま、それはそれで楽しみだよね。不作の世代って言われてるけど、その有力株が全部ウチにいるって、燃えるよね」
どの生徒も、そんな話ばかりだ。
推測など必要も無く、証拠があるから簡単に証明できる。
軽音部のオーディションが、今から行われる。
この学校が有名私立で、幼稚舎から大学までエスカレーター式で、お嬢様学校である事は何十年も前から変わっていないが、「バークリード女学院=軽音部」となったのは、二年前からだ。
馬東クリスがここに入学し、軽音部を一瞬で有名にし、日本規模の大ガールズバンドブームを作った。その拠点であり、メインパーソンが揃うこの学校が、同時に有名になった。
県外、辺境地からここへやってくる生徒は、まず例外なく、軽音部が目当てである。これは、私の住む地域でもそう。
あの生徒は、軽音部志望だ。
この学校全体の盛り上がりを見ても、ブームを牽引する学校だと分かる。
「入部オーディション」とやらが、非常に重要なイベントとしてデザインされている事も、同時に理解した。
これは校門を出て、駅までの街道でも確認できた。
学校付近の並木道を抜ける際、個人営業の家電屋が店頭に大きな液晶モニターを置き、そこで幾人も足を止めていた。
並木道を抜けて商店街に入ると、更に顕著になる。
家電量販店ではない、所謂コンビニみたいな商店も液晶モニターを店頭に置き、そこにはいちいち人が群がっている。
駅前にでも行こうものなら、ビルに設置された巨大モニターから、バークリード女学院軽音部のオーディションが中継されて、人でごった返している。
どこの炉端でも、そこかしらで軽音部の話が耳に入ってきた。
町全体が熱気に包まれている。まるで昭和のプロレス観戦、WBCの生中継でも見ているかのように。
なかなか、迷惑だった。
これはこれで町おこしにもなっているので、ブームの渦中という雰囲気も味わえて乙なのだろうが、私には関係が無い。
この街の住人じゃないし。
学校も、そんな理由で選んだ分けじゃないし。
私にはやる事がある。やりたい事がある。
一先ずは、雪の降る時間を調べなくてはならない。
そう思っているし、理解しているのに、数式など一つも浮かばなかった。
彼女は、どんな風に弾いたのだろう?
あの少女の姿ばかりが、頭に浮かんだ。
こんな空想は同郷のよしみなのだろうから、目を向けてはいけないのだ。彼女を応援してしまうようでは、私は、ここに来た意味が無い。
私は、とことん一人になりたかった。
わざわざ遠い学校を選んだのは、それを理由に人間の柵から逃げる言い訳を得る為。
人に近づいても、良い事なんか何もない。
私の時間が、削られるだけ……。
分かっていたはずなのに、私の耳は、それを望んでいたかのように捉えてしまった。
「ええ、誰? 外人さん?」
その声に足が止まった。
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