7
セイカの反転した先。
彼女の背後の廊下。
「あぁ……」
そういう事。
本物が、既に控えていた。
彼女の背後には、気怠そうに腕を組み、眼光を飛ばす生徒が居た。
「何、遊んでいるの」
低い声で、セイカを睨めつけた。
これはこれは、またも女神の降臨だ。それも、超弩級。
アテナだ。
睨んでいる瞳は、セイカに向けられているものだが、眼光には私も捉えられている。むしろ、私を睨んでいる。
真っすぐな黒髪が背中を覆い、真っ黒な瞳が世界を飲み潰す。組まれた腕の間から豊満な胸がはみ出していて、でも胴回りは程良く締まっている。太腿はムチムチで柔和であり、足首はしっかりとそのバランスを支えてるだけの骨があり、尚且つ無駄な肉が無い。
顔立ちも完璧。目元も口元も鼻筋も、全てが調和のとれた一級品。
完全。
想像し得る全ての完全を詰め合わせた、まさに絶世の美女。
どころか、このオーラ。
ヘラとは比べ物にならない。例えるなら、セイカのオーラは不気味だ。引き出し一杯にオーラの元が詰まっているのに、それを小出しにでもしているかのような雰囲気があった。
この生徒は違う。
全てを出している。隠す気も無い。
途方もない攻撃的オーラであり、その上、底が見えない。通常、こんなオーラを一秒でも出せるだけで奇跡と思える程の攻撃性を、常時放出できそうな気配……否、絶対にできると確信できる。
セイカの言葉からして、彼女は、正真正銘の「化物」なのだろう。
後、同率一位の一人は、この人で確定だ。
セイカがアテナに言った。
「遅刻とは珍しいね、朋(とも)。初めて見たかも? 生まれてから」
わざとらしいヒントの出し方だ。別に、不要なのに。
彼女が「三津谷」「朋」だ。
三津谷朋は、セイカなど全く見ていなかった。
私を、やはり、睨んでいた。
「何事にも理由はあるのよ。そうでしょ?」
有無を言わせない断言。
「そうですね。理由も無く、初めての遅刻を入学式に行う人には思えません。それを、いちいち私に宣言する理由は、むしろ分かりませんけど」
アテナは私を睨みつけた。同時に、暴風が吹き荒れる。足の裏が痺れる。全力で力を入れなければ吹き飛ばされる。嵐の日に、海岸の際に立ち伏しているかのようだ。
眼光だけでコレ……って、初めてかもしれない。
これでも、私は英才教育系の選抜には度々選ばれていた。数学オリンピックは本選こそ逃したが、女子オリンピックでの代表には選ばれた。世界中の天才にも何度も会っている。馬東クリスにだって会っている。
でも、こんなの、初めてだ。
強すぎる。何もかも。
ただ、一点を除いて。
「いいじゃないですか、数学で負けたくらい。私、これしかできないんですよ?」
そう告げると、アテナの全身が総毛立った。
目つきも一層厳しくなる。私を殺す気か?
私が引かないと見たのか、ヘラが割って入った。
「あぁー、はいはい。もういいよ、もうアンタいいわ。入学式始まるし、急がないとね! 私、総代なんだわ!」
へらへらと取り次ぐ。
私を無理やり反転させて廊下の先を向かせると、小声で背中から呟いた。
「刺激すんなよ。分かってんだろ?」
「推理を確定させただけ」
そもそも、品定めをしてきたのはそちらだろうに。
完全、完璧というのは、想像しているよりも遥かに困難を極める道だ。なんと言っても、必須項目が多すぎる。運がある事、才能がある事、努力ができる事、精神を制御できる事。これが大項目にあり、中項目では更に、親に教育理念と教育に費やせる資産がある事、人目に触れる機会を得る事、そこで要求以上の結果を残せる事、人智ならざる技量を有する事。これらを一般人が見ても理解できるようパフォーマンスに落とし込める精神性を持つ事。などなど、更に小項目では途方も無い数の項目が追加される。
こんな無謀なジャンルを目指すには、大前提にこれがある。
人を辞める事。
人では、到達できない。
完璧など、神や悪魔が目指す秘境なのだ。
そんな場所、常人では想像すらも付かないのだろうが、おそらく彼女は地図くらいは見つけている。確固たる、結果を持って。
だから許せない。数学だけでも、負けた事が。これを許せるようなら人間だ。
彼女は違う。
アテナだ。戦う為に生まれてきた。
入学式に向かう最中、私の中に一縷の興味が生まれていると気づいていた。
入学早々にして、人外に二人も出会ってしまった。おそらく、この二人は数学とは別ジャンルの猛者なのだろうけど、何をやっても気苦労は同じだ。
話せる人が、二人できたかもしれない。
これは私の人生で、初めての事件だった。
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