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記憶が、記憶として定着し始めたのは、中学の二年生の夏です。


 その頃の私は胸が膨らみ始めた時の事、生理が始まった時の事、髪を切った事、足の小指を折った事、そうした人間的なイベントを何も覚えていませんでした。取り付かれたように音楽だけをやっていましたが、そうした些細な日常は、記憶として留めておく意味が分からなくて、抹消されていました。


 でもそれは私の中で抹消されているだけであって、周囲のヒトには無関係に、私は女になっていました。


 後々思い返せば、私の周辺に女子生徒の存在はありませんでした。周囲は、男子生徒ばかりで、男子がいつも私を囲んでいました。


(当時はまだ塾に通っていたので、塾生の女子は私の傍には居た事になるのでしょうが、学校も違っていた為、傍とは言えなかったのかもしれません)


 家に遊びに来る生徒も軒並み男子ばかりで、私もそれを不思議に思っていたりもしていたのです。


 その本性が分かったのは、ある男子、名前を憶えてはいませんが、それが、私の胸をまさぐり始めてからです。彼は色々と私をまさぐった後、キスまでしてきました。舌が私の口に入ってきた時、血の味がしました。


 終いには「熱いから」と言って服を脱ぎ始め、私も下着姿にされ、今から何をするのかという事を理解しました。


 その時の感情は、まぁ、いいか、だったはずです。乗り気ではなかったのでしょが、興味はあったのかもしれません。私は、昨日作った曲の事を思い描きながら、それこそ好き放題にまさぐられていました。


 いよいよとなった時、男子生徒は下着を脱ぎました。


 この時、この瞬間から、私の記憶は色付きで記憶されるようになりました。

 

 それは非常にグロテスクで、野性で、変な液体が纏わりついて、生き物の匂いがしました。


 これでも私は飛び切りの学力があって、勉強も好きだったので、この液体が何たるものかを知っていました。


 これが、私を妊娠させるものだという知識が、脳を巡りました。


 私の眼球が揺れたのを忘れもしません。天井が、壁が、あり得ない方向に曲がり、腕には見た事もない発疹が無数に現れ、体毛が草原の様に逆立ち、胃が無限に縮んでいくようでした。


 私の嗚咽が止まらなくなり、涙も流れ、どうにも収集が付かなくなったようで、男子は罪を犯したかのように急いで帰っていきました。


 私は、たぶん、あの日に人になりました。


 人形だと思っていたものに、物理的にあれが接触する事で、この体内に別の命が誕生してしまう。


 それは、人なのです。

 私は、人だったのです。


 以来、私は人としての煉獄に捕らわれるようになりました。人形だった者達が、皆、人に見えるようになってしまいました。


 人とは良く喋る生き物で、根拠も論拠も証拠もなく、ひたすらに話を続けているようです。


 私は、あの男子とセックスをした事になっているようでした。


 女子からも色々と尋問されたものです。

 何も答えないでいると、どういう経緯か、「誰でもやらせてくれる」という事になっていました。


 それからはまぁ度々、セックスがしたい男子のアピール合戦が始まり、セックスがした女子達の嫉妬を受け続けました。


 男子からは「諭吉」と呼ばれていましたし、女子からは「梅毒」と呼ばれていたようです。


 そうなった理由が私にもありました。私はそんな状況であれ、そんな男子連中を引き連れて「友達」だと言っていたのです。


 私は人ですから、「友達」とかいう得体の知れないものを傍に置かなければなりません。


 友達であるはずが無い者を友達としている状況を、露の一滴も呑み込めないのですが、人とはそういう物です。


 答えの無いものを、勝手に妄想し、推測し、無理やりに答えを出そうとするのです。その答えは流行によって作られ、また流れて行き、一度混乱しゼロに戻り、また妄想と推測により「答え」を作ります。


 人形のネジを巻くのと、さほど変わりが無いように思えたのですが、それが人というものらしいのですから、私も結局、人形時代とさして変わらない生活を送っていました。


 人と人形の違いは、どこにあったのでしょう。


 今でもその答えは見つかりませんし、見付かる気さえしません。


 強いて言えば、やけに人は面倒です。


 人形時代の私は、誰とも話をしなかったのですが、人間時代はこれを許しくはくれず、数秒で終わる身の無い会話を、死ぬまで続けろと強要してきます。


 人になって二年もなるのに、私は、一つの会話も覚えていませんでした。

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