機械の国の異端児

 不機嫌そうな天使に導かれ、次にやってきた世界は魔法ではなく機械が発達した世界だった。蒸気がそこかしこから止めどなく吹き上がり濃霧となって立ち込め、休むこと無く動き続ける機械音に耳が痛くなり、ルカはうずくまってしまう。


「うう、変な音がずっと響いて耐えられない……」

 宙に手を伸ばすがステータスは現れず、なんとか使えた治癒魔法では耳鳴りを防ぐことはできなかった。文字通り頭が割れてしまいそうなほどの歯車の音にルカは立っていることすら困難で、平衡感覚を失いながら這いつくばって道を進む。もはやどちらが前でどちらが後ろなのか、それすらわからなくなりつつある。


「君、大丈夫?」

 道にへばりついていたところへ、フードを深く被った少年が通りかかった。こちらを心配しているようだが、ルカには轟音の中の小さな話し声が拾えないでいる。首を横に振り、自分が動けないことを伝えるだけで精一杯だ。

「他所から来たんだね。だめだよ、ノイズキャンセラーも着けずにここら辺を出歩いたら」

 少年はフードから小さな耳栓を出し、ルカに手渡した。ルカがそれを耳の穴へすっぽりとはめると、先程までの轟音は一転して消え去り、振動も感じなくなっていることに気づく。

「どう? ボクの声聞こえる?」

 少年はルカの顔を覗き込む。


「わわっ! すごい、はっきり聞こえるよ。ありがとう」

 ルカは礼を言って、あまり世界の人と関わらないほうが良いだろうとすぐに立ち去ろうとしたが、少年はルカに興味を持っているようで、じっと見つめてくる。

「君、変わった格好だね。それにツールも持ってないみたいだし……。どこから来たの?」

 少年はルカに詰め寄る。


「あ、えっと、その……ここからとっても遠いところ」

「ふうん。じゃあ名前は? IDでもいいけど」

「ボクはルカ。あいでぃっていうのはよくわからないや……」

「えっ!? じゃあどこにも所属してないってこと? ……珍しいロボットもいるもんだ。まぁここじゃなんだし、うちにおいでよ」


 少年に連れられて、ルカは鉄と歯車で成された冷たい城壁の一室にやってきた。少年の名はスパーク、城内の工場で働く作業員だという。この世界では機械文明が発達した結果人間が機械に支配される側になり、IDで常に管理されている。ケモノは滅んでおり、模したロボットが活動しているだけだという。

 ルカは今までの世界と勝手があまりにも違いすぎることに戸惑い、説明の半分も飲み込めないでいた。またどういうわけかスパークを悪い人間とは思えず、異世界からやってきたことを話した。切り取るというおぞましい事には触れず、観光目的なのだと説明する。


 スパークはルカが剣と魔法の世界から来たと聞いてとても驚いた。この世界では科学で解明できないことは無いとされ、魔法の存在を信じるものは異端児の扱いを受けているらしい。

「へぇ! 君魔法が使える世界から来たの? それってすごいことだよ! この世界では魔法は存在しないって言われ続けていた物だよ! いいなぁ、ボクも他の世界を見てみたいよ」


 別の世界に憧れを持つ様子がどことなく昔の自分のように思えて、ルカは親近感を覚えた。実際に少し炎魔法を使ってみせ、それなら機械でも出来るとスパークは自作のロボットに火をおこして目玉焼きを作らせてみせる。全く違う世界の、本来交わることのない二人は、お互いに興味を持ち話はどんどん弾んでいく。ルカは久しぶりに、友達と交流したような心温かい気持ちになった。


 そこへ警備ロボットが乗り込んできて、問答無用で二人を拘束した。機械信仰法違反、魔法の存在を信じまた実践した罪で、城内の地下法に放り込まれる。


「いたたた……ちょっと! もう少し丁寧に扱えよな!」

 押しても引いても開かないとわかっているが、鉄格子を揺らさないではいられない。スパークはここへ閉じ込められたらもう出られないと噂で聞いていたからだ。労働の価値さえ奪われた人間は、水も食料も与えられずただ死んでいくのみ。そんなの絶対に嫌だと、どうにか出られないか試行錯誤する。


「こんなの平気だよ。開けちゃえばいいんでしょ」

 ルカはきょとんとした顔で言い、ふわふわの身体からは想像もつかない灼熱の炎を吐いて鉄格子を蝋のように溶かした。ルカのもう半分は父親譲りのドラゴンケモノビトであるから、鋭い爪で引っ掻けば鉄の壁など紙くず同然である。


「え、嘘……」

「ほら、出よう」

 母親譲りの脚力もあり、檻を蹴ってこじ開ける。唖然としているスパークを背中に載せ、二人は脱獄した。


 ルカはウサギでドラゴンであるから、もふもふで硬い。可愛い見た目で鋭い牙をむく。なるべく人を傷つけたくはないが、逃げるためには仕方ない。警備兵の攻撃を躱し爪と牙、時には大鋏で道を切り開く。城壁を越え、監視ロボットの視界から離れたところまで飛び跳ねて、ようやく一息ついた。


「ねぇルカ、ボクも連れて行ってよ。魔法の存在が否定されない世界、行ってみたいんだ! どうせ脱獄したことはすぐバレちゃうし、それならいっそ、逃げてしまいたい」

「もちろんそうしたいのはやまやまだけど……」

 と言いかけたところで、ルカの意識は突然落ちる。再び顔を上げた『誰か』は大鋏を手にし、スパークを周囲の空間ごと切り取った。それを待っていたかのように世界をつなぐ大扉が開き『誰か』は満足そうな笑みを浮かべ空白の世界に戻っていった。

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