望まずとも舞い込む幸福、望んだのは懐かしい風景

 死神の苦労などつゆ程も知らないルカは、扉の先に広がる世界に足をつけた。肉球に当たる草が、ちょっとくすぐったい。草原を歩いていると、崩壊が始まる前のランディアに戻ってきたのではないかと錯覚する。


「えっと、ここでも開けるかな」

 ルカは迷うことなく宙に手をかざし、当たり前のようにステータスを開いた。


 ルカ:ケモノビト(♂) 治癒師Lv21

 HP:250

 MP:200

 攻撃力:10

 防御力:10

 魔法攻撃力:100

 魔法防御力:150

 素早さ:250

 ※この世界のステータス上限値は1000である


 どうやらこの世界にも魔法は存在するようだが、役職が魔道士から治癒師になっていた。手に力を込めると、ぽおっと光が浮かび上がる。

「よかった、ここでも魔法は使えるみたいだ」


 草原を川沿いに下っていくと、人間の男数人声を掛けられた。口調や表情から察するに敵意はなさそうだと近づくも、聞き取れずこちらの言葉も通じない。

 ここはどこなのか聞きたいが、返ってくるのは聞き慣れない未知の言語。会話が成立しないとわかると、男たちは肩を竦めて困った顔をする。

「そうだ、世界が違うんだから、言葉も違う。当たり前なのに。はぁ……どうしよう」


 ため息をついて目を閉じると、心臓の奥底が急に熱くなり、驚いて目を開くと突然言葉が解るようになった。

「あれ、なんで……?」


「ああ、なんだ喋れるじゃないか。この先は小さな村があるだけだって言いたかったんだ」

 男の一人が安堵したように言う。

「あんた獣人だろ? 兵隊が来る前に国境を超えておいた方がいいぜ」

「あ、えと、ありがとうございます……」


 頭を下げて、ルカは村の方へ歩いていった。兵が来る前に国境を超えておけという言葉から、自分のようなケモノビトは獣人と呼ばれ、この世界ではあまり歓迎されていないと察した。


 日が落ちる前に少しでも世界の情報を知りたい。急ぎ足で道を跳ねていると、編みかごを抱いたまま老婆が倒れていた。足から出血している。


「だ、大丈夫ですか……?」

 人見知りで引っ込み思案だが、傷ついた人を放っておけないルカは、痛みに呻く老婆に寄り添う。動けないだけで意識はあるようだ。


「よいしょっ、と」

 両手に力を込め回復魔法をかけると、足の怪我は少しずつ消えていった。魔法が発達したランディアでは詠唱破棄はごく自然なことで、発動に杖も必要ない。MPと発動の意思さえあれば誰にでも使える。この世界でも、それは変わらないようだ。


「ありがとうございます旅の方……」

「村の方ですか?」

「はい。行商人から果物を買った帰り、石につまづいてしまいまして」

「そ、それは危ない。ボク、村まで送ります」


 ルカは老婆を負ぶって、村まで歩いていく。ケモノビトは体力が高く、人間の一人二人くらいなら、難なく運べる。


 村についてからというもの、老婆が村の権力者で、恩人を丁重に扱えとたくさんの料理を振る舞われ、スープの中に小さな金塊が紛れていてまだこの土地は金が取れると大騒ぎになり、廃坑に行けば壁が崩れて新たな金脈が見つかる。何をしようと幸運が舞い込んだ。

 最初はただの偶然だと思っていたが、流石にこんなことが続くのはおかしい。もっと事が大きくなって、兵隊が来るようなことになれば悪い展開になるだろう。怖くなったルカは、村から逃げるようにこっそり離れた。


 夜更けの岩肌を軽々跳び上り、低い山の天辺へ出ると、眼下に広がるのは在りし日の故郷に似た光景。ランディアよりも小振りな満月が優しく照らし、川に澄んだ水が流れ、深い森が広がっている。隣に友人も家族もおらず、ここが別世界であることを頭では理解しているつもりだが、懐かしさが溢れて涙が頬を伝う。


「「ここが、欲しい」」

 そう言葉を漏らした瞬間には、ルカは無意識に大鋏を手にしていた。

 地面と空を切り裂き大きな紙のようにザクザクと切り取って、収納魔法で麻袋にしまう。夜明けと共に我に返ったルカは、真っ白な切り跡を見て、声にならない悲鳴を上げた。


 「なんてことをしてしまったんだ、ボクは」

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