虹色のカラスになんかなりたくない

 ルカは地面に伏して泣いた。泣いて泣いて、懺悔の言葉をうわごとのように繰り返していたから、いつ空白の世界へ戻ってきたのか覚えていない。

 袋から切り取ったばかりの世界を広げて、ぼんやり眺めているところまで意識が飛んでいる。


「お疲れ様でした。初めての異世界転移はいかがでしたか?」

 顔を上げると天使がにこやかに笑っていた。手には針と糸を持ち、鼻歌を歌いながら持ち帰ってきた世界を空間に縫い付けていく。すると、ペラペラだった世界は立体感を取り戻し、現実のそれとして機能し始めた。


「天使様、どうしてボクにこんな鋏を与えたのですか! 確かに欲しいと願ってしまいましたが、これではまるで盗人同然です!」

 ルカは大鋏を床に投げ捨て叫ぶ。今頃あの世界では大きな問題になっていると思うと、叫ばずにはいられなかった。


「心配せずともよいのです。誰も世界の一部が無くなったことなど気づいていません。この森も川も、最初から存在しなかったことになっています」

「そんな……」

「縫い付けが終わりました。少し散歩すると良いでしょう」


 話を全く聞いてくれない天使に背中を押され、ルカは切り取った森の中に入っていった。青い匂いが懐かしくて、飛び跳ねているうちに少しだけ楽しい気持ちが湧いてくる。


 立派に実った果実を鋭い爪で切り落とし、一口食べれば甘さが口いっぱいに広がる。けれど、ここは誰かの大切な世界だった場所で。ここには聴き慣れた笑い声も無くて。自分一人しかいなくて。マコラが死体の山に積まれていた現実を思い出して、吐いてしまう。


「ああ、可哀想に。次の世界では、役に立つ者を探すと良いでしょう。あなたにふさわしい出会いのある世界へ繋ぎましょう」

「嫌です! ボクは虹色のカラスになんかなりたくない!」


 虹色のカラスとは、他の鳥から抜け落ちた羽で自分を飾り、神の宴に現れたカラスの昔話だ。転じて、盗んだもので着飾る不届き者を指す言葉になった。ランディアを守りたかったルカにとって、虹色のカラスになることは耐えがたい屈辱だ。


 天使はルカの思いになんの感情も抱いていないような顔で、次の世界に通じる大扉を出現させた。

 嫌だ嫌だと拒否しているはずの足は勝手に進み、歯を食いしばって上げないようにしていた両手は扉を開く。流れる涙だけが、ルカのものであった。背中には、投げ捨てたはずの大鋏がしっかり収まっていた。



 ルカが次の世界に降り立ったことは、死神に感知されていた。生きとし生けるもの全ての運命を決める「運命課」から、赤屍に通知が来たのだ。


「おっ、来た来た……ってまずいっすね、こないだ現世の人に守ってもらったばかりっすよここ」

 赤屍は頭をポリポリ掻いて、ついこの間転生者から守られたばかりの世界に再度降り立つ羽目になったと肩を落とした。

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