心優しき魔道士は残酷な運命を背負う

 術式は一見すると世界に幸せをもたらすものに見えるよう刻まれ、神託は転生者のことに一切触れず「崩壊する世界を救うものよ、宮殿へ来たれ。選ばれしものには、どんな願いも叶えよう」という内容で、神官を通じてランディア全土に伝えられた。


 数日もしないうちに人もケモノもエルフもオークも、あらゆる国から多種多様な種族たちが我こそは世界を救う英雄だと集まった。


 その中におどおどして人混みを見回すケモノビト(※二足歩行で道具を扱える知性を持ち、人間の言葉を話す種族の呼称。四足歩行や知性が低いものは単にケモノと呼ばれる)がいた。


 彼はルカ、ウサギ系の母とドラゴン系の父を持つハーフで、白くふわふわの体毛と大きな赤い瞳、鱗で覆われた長い垂れ耳と鋭い爪・尻尾が特徴だ。

 性格は大人しくて引っ込み思案、人の目を気にしすぎて発言や行動を止めてしまうことも多々あり、周囲からは何を考えているかわからない奴だと距離を置かれ、友人は一人しかいない。

 一緒に大陸二つを挟み航路ではるばる宮殿へやってきたが、途中で逸れてしまっていた。


「おー、いたいた! ルカ、こっちこっち」

 呼んでいるのは唯一の友人にして理解者、タカ系ケモノビトのマコラ。ハーフなルカを差別したりはしないが、純血であることを誇りに思っている。何でも願いが叶うと聞き、一族繁栄を願いにやってきた。世界を救えば英雄になって知名度が上がり一石二鳥だと考えている。


「ご、合流出来てよかった。人が多すぎてもう目が回っちゃいそうだよ……うぅ」

「ハハハ! 村じゃこんなに人もケモノもいないもんな。いつも大人しいお前が、よく行こうなんて言ったもんだよな」


 二人の住んでいた故郷の村がある日突然にして不毛の地になり、川に魔法では浄化しきれない毒素が流れ出すなど、世界が崩壊していく様を間近で見ており、どうしてかわからないが、ルカは自分が救わなくてはいけないという使命感を強く心に持っていた。願いごとも、世界を再生することと決めている。


 読者諸君にはあらかじめ伝えておくが、彼は元々この世界の英雄になる予定だった。ルカはマコラと共に旅に出て多種族と交流し、時には精霊や神に出会う冒険を繰り広げ、困難を乗り越えた末にランディアを統一する勇者となるはずが、李人が理を書き換えた為ただの魔道士(※魔法が使える職業の総称。ランディアでは魔法使いウィザード魔法騎士マジックナイト従魔士テイマーも魔道士と呼ばれる)になった。英雄の素質を持つ故に魔力と精神力はそこらの魔道士よりも遥かに高く、固有魔法も持っている。


 選考はくじ引きで行われており、ルカは一番最後、マコラはその前だった。待機列が余りにも長いので、二人は宮殿外の街をのんびり観光したり、食事をして他愛のない話をした。

「ここはいいよね、崩壊しているところがなくて、水も食べ物も美味しい」

 初めて口にする料理の美味さに、二人は笑顔になる。

「そうだな。英雄に選ばれてサクッと世界を救ったら、母上にここの飯食わせてやりたいぜ」


「あっ、保存容器もってくればよかったな……そうしたら持って帰れたのに」

「おいおい、選考が始まる前から帰る気でいるなよ……もし俺が選ばれたら、お前にもついてきて欲しいからな」

「うん、じゃあボクが選ばれたら、マコラについてきてもらうからね」

「おうよ、戦士の俺に任せとけ!」


 夜の帳が降りる頃、ようやく番号が近づいてきた二人は、呼ばれるのを待って廊下に並べられた椅子に座っていた。番号を呼ばれた者は大扉に入っていき、かなり時間が経ってから次が呼ばれる。


 長すぎるからちょっと便所にとマコラが席を外したまま、なかなか戻ってこないのでルカが様子を見にいくと、棒状の魔道具が落ちていた。音声の録音と再生しかできない古いものだ。再生すると、小さな声が聞こえる。


「ルカ、これがお前の手に届くことを祈る。俺は便所ついでに聖堂の扉をこっそり開けて、何をしているのか見ちまった。急いで逃げろルカ、あいつらは世界を救う英雄なんか求めちゃいない、本当に求めているのはうつ……」

 そこで音声は途切れていた。緊迫した声、誰も戻ってこないこと、扉の向こうで行われていること。全てを察したルカは、文字通り脱兎の如く廊下を駆け出した。


 しかし、入ってきた扉は固く閉ざされ押しても引いても魔法解錠しようとしても開かない。気配がして振り返ると、神官数人に囲まれ、大扉の向こうへ無理やりに連れ込まれた。


 そこには魂の移し替えに耐えきれなかった諸々が、死体の山を築いていた。その一番上にマコラが放り投げられていた。叫ぼうにもルカは鎖で台座に縛りつけられ、舌を噛んで自殺出来ないよう縄を噛まされた。


「創造神様、この者で最後になります」

 神官の一人が告げる。

「無駄口を利くな! さっさと始めろ! こっちは抑えつけるので精一杯なんだ!」

 創造神は、巨大な魔法陣の中心に李人の魂が入ったカルラを力で押さえつけていた。

「がんばれーっ! そーぞーしんさまぁー」

 気の抜けた、全く心の篭っていない応援をする天使。

「カルラ、いや李人! お前さえ雷に当たらなけりゃこんなことにはならなかったんだ! 責任を取ってもらうぞ!」


「はあ? そっちが勝手に殺して勝手に転生させて色々寄越したんだろー。俺は頼んでないっつーの! 貰ったものを後でどうしようが勝手だろ」

 李人は縛りつけられているが余裕の表情だ。ちょっと本気出したら今すぐ脱出出来ますけど? と言わんばかりに文句を垂れる。


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れーーーーーーっ!!!!」

 発狂に近しい悲鳴と共に神の手から光が溢れ、ルカは目の前が真っ白になった。



 創造神が力を使い果たしへたり込んだ時天使の姿は既に無く、ランディアの崩壊は止まるどころか加速していた。もはや転生者の魂がどうこうの問題ではなくなっていた。神が膨大な力を使い切り、世界を維持できる術がなくなることが最後のトリガーだったのだ。


 天使に騙されたことに怒り狂う創造神の叫びも、骸の山も、転生者の抜け殻でしかなくなった哀れな青年カルラも飲み込み、ランディアは終焉を迎え消滅した。


 ただ一人、李人の魂を宿したルカだけを生かして。

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