ツギハギ世界のケモノビト

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物語が始まる前に:彼は何故転生者の魂を宿すことになったのか

 現代日本から遠くて近い異世界ランディア。科学よりも魔法が発達し栄華を極めたその世界は、今刻々と滅びに向かって歩を進めていた。大地は裂け、海は荒れ、木々は不自然に枯れていく。


 魔王が世界征服を成し遂げたわけでも、愚かな人間が徒らに破滅呪文を唱えたわけでもない。大気汚染や魔法資源枯渇などの環境問題でもなければ、天変地異でもない。全ては、創造神が送り込んだ一人の日本人が引き起こしたことである。


 ランディアの創造神は、ある時罪人への天罰として雷を落としたが、それがどういうわけか時空を飛び越え現代日本で道を歩いていた普通の高校生、鳴宮 李人なるみや りひとに直撃し、彼の命を奪ってしまった。


 創造神に手違いなどあってはならない。ましてや異世界の罪なき人間を殺してしまったなどと天界に知れたら、無能の烙印を押され地位を剥奪されてしまう。果てはゴミの神か便所の神か、いや人間にまで堕ちてしまうと狼狽えているところへ天使がやってきて、ランディア人として転生させれば良いでしょうと助言した。


 更に生前より良い処遇にすれば、天界への報告書には載せないと言われ、創造神は天使の言葉に従い李人を産まれたばかりの貴族の孫「カルラ」として転生させ、ちょっとしたことで死なないよう強靭な肉体、無尽蔵の魔力、あらゆる耐性と万能な魔法道具の数々を与えた。そして元々のカルラの魂を天使に引き取らせ、証拠を隠滅した。


 これで安心だと息をつき、後のことはほったらかしにして二十年が経った。天界から特に監査や通知もなく、ようやく心穏やかになってきた頃、現代日本で死んだはずの人間の魂が回収出来ていないと、赤いスーツを着た死神がやってきた。どこから情報を得たのか、李人がランディアに転生したことを知っているのだ。


 知らぬ存ぜぬで押し通そうとしたが時すでに遅し。李人が使いたい放題やった魔法のしわ寄せによって捻じ曲がった世界は、負荷に耐えきれず崩壊を始めていた。

 人間はどんなに真面目で勤勉そうに見えても、中身は愚かで業の深い生き物。全知全能に近い力をなんの努力も徳積みも無く得たならば、自分の欲望を満たそうとしないはずがない。


 渇いた土地に水をもたらし人々を喜ばせたその水はどこからくるのか。詠唱を破棄し大掛かりな魔法攻撃を展開すれば、その反動は。対価無しに錬金術で物を作れば、その精算はどうなるのか。一方的に魔法で魅力し、手篭めにした女性の本心はどこに行ってしまうのか。

 自分に都合よく世界を書き換えてしまった李人には理解出来ていなかった。目先の利益のためだけに魔法を使い、時に理さえ捻じ曲げ、自身の価値観で幸福を世界中に押し付けた。


 そうして世界は上手く立ち行かなくなって、理の不良債権が溜まりに溜まり、壊れるという形で取り立てが始まった。その時李人はもうやることをやりきって異世界にすっかり興味関心がなくなり、自分の身の回りで起きる困りごとだけを解決して褒められるのんびり農園生活を送っていた。



 ――ランディア、神の玉座にて。


「……お言葉ですが、これだけ捻じ曲がった世界を直すのは厳しいことかと。おカミだけでもお戻りに」

 赤いスーツを着た死神は、創造神を前に膝をつき、世界を手放し天界へ戻るよう促していた。


「ええい煩い! まだ壊れちゃいない! 俺が間違えるわけがない、俺は全知全能の創造神だぞ!」

 顔面蒼白の創造神は、痛いところを指摘され荒れ狂う。戻るわけにはいかないが、その理由は口が裂けても言えない。


「そうですよぅ! はちゃめちゃ不幸でかわいそーな人間をお救いになられたのですよぅ。それなのにあの人間ときたら」

 あからさまにぶりっ子なフリフリドレスの天使が割って入ってきた。人間が悪いのだ、創造神に罪はないと甘い言葉をささやき、耳元でコソコソ話す。


「そうか! その手があったか。まったく天使は有能だな! 死神なんぞは毛ほども役に立たない」

 神は両手を広げ魔術式を展開した。それは李人の魂を他人に閉じ込め、世界から追放するものだった。相手が相手だけに式は玉座はおろか世界中に刻み込まれ、大きな一つの魔法陣を成していく。


「この術式を受けられる器を集めるよう神託を出す。あの人間さえいなければまだやり直しが効く、そうだとも! 俺は創造神なんだからな! ふふ、フハハハハハハ!」

「そんなわけでぇ、死神に出番はありませんよぅ」

 べーっと舌を出しざまぁみろと天使は笑って、死神を追い出し扉を閉めた。


 ああ、また罪なき者が犠牲になるのか。赤いスーツの死神は、ため息をついて世界を去っていった。

「はぁ〜おカミがアレだとやり辛いっすねぇ。クロちゃんになんて報告したらいいやら……」

 懐から手帳を出して、ランディアにこれから起こることを確認すると、目を閉じてより深いため息をついた。


「あの(規制音)天使、知ってておカミにあんなこと吹きこみやがったのか。どっちもどっち、救いようがねぇっす」

 仕事が余計面倒なことになっただけかと、死神は肩を落とした。

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