第2話 あたたかなしずく
珈琲をオーダーして、待つ間に改めてメニューを読みかえす。
ひとつひとつに名前がつけられ、説明のような詩のような行が添えられ、その一杯にどんな物語があるのだろうと、店主に話しかけたくなるのだが、、、そうだ、御法度だった。
僕がメニューの森を彷徨う間に、店主は豆を選び、調合し、挽いて、小さめのネル生地の袋に挽きたての粉をこんもりと入れ、ビーカーにセットしていた。何やら温度計でお湯の温度を計っている。声には出さぬが「よし」と確認するように、ひとつひとつの所作が確実な何かを意識している。これは流石に気軽に話しかけられる雰囲気は無い。錆びれた感じの電気スタンドが照らす手元。虫眼鏡をのぞくように焦茶色の粉に細い細い注ぎ口からお湯がゆっくりと回しかけられる。
少しずつ、手首を回すようにバランスを取り粉の層にお湯が降りてゆき、やがてじっくりしみ出した一滴が、ビーカーに、ぽたり、と落ちるのだ。
やっと降りて来た最初の液は棄ててしまい、その後はもう片時も離れずその一杯に向き合う。注がれるお湯がふわふわ空気を膨らませ少し留まったりしながらネル生地までたどり着き、その後に続くそれの重みを感じた頃に、ぽたり ぽたり とネルから離れ濁りのない黒檀の温かいしずくが集められる。
仕上げに小さな片手鍋に移し少しだけ火にかける。予め温められたカップに移す前に、くるりと後ろを向いた店主は自ら専用の小さなカップでその完成度を確認するのだ。
「お待たせしました」
手をかざせばほんのりと湯気を感じるほどの温もり。今くちをつけなければ今という一瞬を逃してしまいそうな気がして「いただきます」とカップを傾けると口の中にとどまらせた。
深く濃くてほのかに甘い。もちろん珈琲だから苦味もあるのだけれど、なぜだかシロップを飲んでいるようなコクを感じる。
もう一口味わいカップを置くと、いつの間にか日が暮れて店内のほうが明るく感じる事に気づいた。店主が小さな曇硝子の器にロウソクの火を灯し、テーブルに置きはじめた。
僕は自分の生活には無い雰囲気に気後れし、黙ってまたひとくち珈琲を味わう事にした。
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