第6話 ミステリアス・トイレ

 トイレで形ばかりの用を足し、水洗のレバーを回した時、トイレの小窓が視界にはいった。 

「まただ……」

 私は、閉まっていた小窓を細く開けた。

 うちは南東の角部屋なので、マンションにしては珍しく、トイレに小窓がついている。ノート二冊分ほどの大きさのその窓は、換気のためにいつも五センチほど開けておくのだが、このところ、それがいつも閉まっている。気がつく度に私が開けておくのだが、それでもまた閉まっている。

 誰かが閉めているのだ。

 手を洗い、タオルで拭き、ドアを開けようとした時、ふと思った。

 ……脱走と関係あるのか?

 その小窓は曇りガラスのアルミサッシで、横にスライドするタイプだった。今開いている隙間の向こうは夜の闇。これだけの幅があれば、リスは簡単に外に出られる。窓の外はいきなり垂直の壁で、二十メートルほど下の地面まで遮るものはなにもない。

 ……なぁんだ。

 リスが脱走する度に、家の外に逃げ出さないように窓を閉めろと、家族に言っていたのは私自身だ。私が考えていたのはベランダのサッシと、台所の窓だった。だが、誰だか知らないが、トイレの窓にまでよく気がついたもんだ。

 リビングに戻ると、ソファーで妻と満里恵がまだやり合っていた。このまま放っておいては険悪なムードになりそうだったので、私は話題を変えようと割って入った。

 妻が鋭く睨んだが、私は無視した。

「満里恵、トイレの窓、よく気がついたな。閉めたのお前だろ? あそこから落ちたら、チョビはひとたまりもないからなぁ」

 妻との言い合いで膨れっ面だった満里恵の表情がスローモーションのように変り、キョトンとしたより目顔になった。

「なんだ、満里恵じゃないのか?」

「わたし、トイレの窓なんか閉めてないよ」

「じゃあ俊樹か?」

「僕じゃないよ」

 私は妻に視線を向けた。

「お母さんでもないのか?」

「トイレの窓がどうかしたんですか?」

 妻はガラス玉のような冷たい目で私に応えた。

 私の中に、薄らとした不安が生まれた。

 ……どうして誰も閉めてない窓が、閉まってるんだよ?

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