第3話 爛れた関係とチョビ
私は、ノベルティ商品を開発する会社を個人経営している。電卓付きマウスパッドや、太陽光で携帯電話機の充電ができるソーラーパネル付き携帯ケースなどというアイディア商品を設計し、試作品を作り、買ってくれそうな企業が見つかると、最終的には町工場に発注して製品化している。社員は私ひとりで、あとはたまにバイトを雇うくらい。仕事場はマンションの一室だ。商売が軌道に乗る数年前までは苦しかったが、余裕のできた今は自由気ままにやっている。
その日も私は、スケッチブックに悪戯書きをしながら、新製品のアイディアを練っていた。だが、今朝家を出る時にスイッチを入れてきたビデオカメラのことが気になって、いまひとつ集中できなかった。
二日前にカメラを初めて仕掛けた時は、惜しいところで脱走シーンを撮り逃した。妻の話からチョビが脱走した時刻を逆算してみると、録画時間の限界が来てカメラが自動停止したすぐ後であることがわかった。
昨日も同じく、録画時間が過ぎてからの脱走だった。まるでカメラが切れるのを待っていたようなタイミングだった。
そして今日の朝、三度目の正直、と思いながら私はビデオをセットしてきた。
今、デスクの上の時計は午後一時を示している。ビデオカメラの最長録画時間は五時間なので、朝八時に開始した録画がそろそろ切れる頃だ。
もし今日もダメなら、今度はカメラを二台並べて、一台が終わったら続けて次の一台が録画を開始するように工夫しようか……と考えていた。私は一時期、ビデオカメラに凝っていて、古いものを引っぱり出せば二台といわず、三、四台はあるはずだし、以前に試作したマルチ電源タイマーがまだどこかに残っているはずだった。そう考えていると、電話が鳴った。
……やっぱり逃げたか。
受話器を取ると、妻からではなく、ガールフレンドのマコだった。
「なんだ」と私が言うと、彼女は「えー、それってヒドクなぃ?」と切り返してきた。
十五歳年下の彼女は、もとは私の事務所のアルバイトだったが、何度か一緒に飲みに行っているうちに、そういう関係になった。
「いや、そういう意味じゃなくてさ」私は取り繕い、「で、何の用だい?」
「えーっ、用がないとかけちゃいけないの? 私たち愛人関係じゃない。そういう他人行儀はやめようよ」
「わかったわかった。じゃあ電話で愛を語るか?」
「それもいいんだけど、実はさぁ、カレシとちょっとあってさぁ。聞いてくれる?」
「聞かないでもわかるぞ、マコの性格の悪さがバレて、婚約破棄されたんだろう」
「あ、ちがうちがう、その彼じゃなくって」
「なんだ、まだいたのか。 ……聞いてやりたいのはやまやまなんだけど、悪いが、奥さんから電話がかかってくるのを待ってるんだよ」
「ふうん、夫婦仲のよろしいこと」
「そういうわけじゃなくて……リスが脱走するんでさぁ……」
「リス?」マコは興味を示した。
私は、これまでの経緯をかいつまんで説明し、脱走の方法を解明するためにビデオをセットしたことを話した。
「何だ、そんなの簡単じゃない」
と彼女は言った。
「分かるのか?」
「家の誰かが逃がしたに決まってんじゃん」
マコは、私の無防備な部分をいきなり突いた。
「そうかぁ?」私は納得しかねた。「だって、家族のみんなは、どうやって逃げたか真面目に首をひねってるんだぜ。それが全部演技だっていうのかい?」
「じゃあ、リスがカメラを見てて、オフになるのを待ってから逃げてるっていうの? ありえなーい」
「そういうわけじゃないとしてもさ、例えば単なる偶然かもしれないし」
「ちがうちがう、絶対誰かが逃がしてるんだよ」
「そうかぁ?」
「あっ、キャッチ入ってるけど、いいの?」
「ほんとだ。わるいけど、後でかけ直すよ」
そちらに出てみると、やはり妻だった。
「もしもし、わたしです」妻の声が少し堅いように感じた。
「やっぱり逃げたか?」
「ええ……、それも今度は二匹とも」
「ニコルも?」
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