第2話 飽くなき探求とチョビ

「どこかに抜け出せる隙間があるってことか……」

 私はチョビの鳥かごの前に座って、ナスカンのかかった扉を見つめていた。

 チョビは、タン、タン、と規則正しい音を立て、鳥かごの右端から左端へと反復横跳びをしている。時々止まっては、尖った鼻先を格子の間に押しつけ、小さく鋭い二本の前歯をみせながら、三角形のピンクの口をひくひくさせた。

 私は、鳥かごを三百六十度からくまなく調べた。この鳥かごには、檻の外から水や餌をやれるように、外から出し入れできる水差と餌箱がついている。それを出し入れする四センチ角ほどの部分には格子がない。だが、水差にも餌箱にも、それぞれプラスチックの背板がついていて、外から嵌め込んでしまえば、檻の格子と隙間なくぴったりと嵌り、出入りできる隙間などなくなる。

 私は、プラスチックの背板と格子の隙間に指先を差し入れ、爪で隙間を広げてみた。プラスチックの板は薄く、力を入れるとたわみ、半月形の隙間ができた。

 ここから出たか?

 私は、チョビがひどく狭い場所に入って行けるのを知っていた。以前、私のネクタイの、筒状になっている部分に、頭をドリルのようにして入り込んだチョビが、先端にぴっちり嵌り込んで動けなくなくなったことがあった。結局、ネクタイを裂いて助けてやったのだが、その時は、リスが小さな頭で押し入って行く力の強さに驚いた。

 内側からチョビが頭で押しても、この半月形の隙間ができるはずだ。

 だが、隙間が狭すぎやしないか?

 私は、爪の痛みを感じながら指を放した。これほどの力が、リスにあるのか?

 次に、鳥かごの床の部分に目を移した。そこは掃除がしやすいように、床板全体が引き出し式に取り出せるようになっている。

 小さな取っ手を引っぱり、それを引き出そうとしたが、檻全体が歪んでいるらしく、ひどく力が要った。

 ……これは無理だ。リスがここをどうにかできるはずがない。

 次に屋根を見た。檻と同じ鉄線の格子でできた三角屋根は、中央の尾根の部分が蝶番になっていて、両側が羽ばたくように上がる。だが、それは開けっ放しではなく、強く下に押しつけると、檻の壁の上端にある金具にカチリと嵌まる。

 屋根に触れていると、チョビが壁の格子をあがって来た。私の指先に鼻を押しつけ、臭いを嗅ぐと、そのまま忍者のように屋根の裏側に張りつき、あっという間に反対側の壁まで移動して下に降りた。

 下から鼻先で強く押し上げれば、理論的には屋根を開けることは可能だが……。

 私は、また反復横跳びを始めたチョビを眺めた。

 ……こいつ、バカみたいに同じ動作を繰り返しているが、その実、結構頭がいいのかも知れない。

 ふと、忍者のように体の関節をはずして鉄格子の隙間から抜け出すシマリスの、コミカルな姿を想像して私は笑った。……次の小説の脇役にしてみようか。私は趣味でユーモア小説を書いている。

 それはさておき、だ……。

 私は、脱走方法をぜひとも知りたくなっていた。脱走を防ぐだけなら、針金やテープで逃げそうな場所をふさいでおけばいい。だが、それでは面白くもなんともない。チョビが、天才的な方法で脱出していたかもしれないのに、それが永遠の謎として葬られてしまうのはもったいないと思った。ひょっとしたら、利口なシマリスとしてテレビに出演させ、一儲けできるかも知れない。

 私は立ち上がり、リビングを出て、自分の小さな書斎に行った。途中にある子供部屋は両方とも扉が閉まっていた。俊樹の部屋からはガンズ・アンド・ローゼスがガンガン聞こえていた。満里恵の部屋は静かだった。

 私は自分の書斎に入り、ザリガニを飼っている水槽の下から、カメラバッグを引っぱり出し、それを持ってリビングに引き返した。

 途中、廊下で、シャワーから出てきた妻と出くわした。彼女は、私が持っているカメラバッグを見て、一瞬妙な顔をしたが何も聞かなかった。自分にとってどうでもいいことに口を出さないのが、夫婦の習わしになっている。

 私はリビングへ入り、バッグから出した三脚にビデオカメラをセットし、チョビの鳥かごの前に置いた。

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