第四話α

「ここはいったい? あなたたちは……?」


 少女は戸惑いを隠しきれず、ヤコに尋ねる。だが、ヤコは何かに気づいたように、ちょっと待ってと少女に告げて、廃墟の奥へと行く。ヤコの陰に隠れてよく見えていなかったが、天井を支える柱に寄りかかって読書にふけるミナと、砂の上で横になっているニオが少し離れたところにいた。

 ヤコはニオをゆすって起こした後、ミナに何かを聞いたようだが、ミナは首を軽く横に振るだけだった。ニオは眠そうに歩きながら目をぱちぱちとさせていたが、少女の姿を見ると、嬉しそうに小走りで近づいて行く。「おはよう、二万百十三」と短い挨拶と共にニオは自己紹介を始める。


「私は製造番号ナンバー一万七百二十のニオって言うの。よろしくね」

「あたしは一万八百八十五。長いからヤコって呼んで」

「よ、よろしくお願いします……あと、あそこの人は?」


 二万百十三と呼ばれた少女はミナを指差したが、対するミナは目の端で少女を一瞥するだけで、またすぐに小説に視線を戻す。


「あれはミナ。番号は一万五百三十七で、最年長」

 最年長という言葉に少女はいまいちピンと来ているようではなかった。

 

 同じ空間に、同じ体格、同じ顔、同じ声を持つ少女たちが集まっている奇妙な状況では無理もない。皆、見た目こそ等しく同じ少女であったからだ。

 異なるところと言えば、髪型ぐらいであっただろう。ニオは几帳面にツインテールを青い二つのリボンで肩の高さに合わせて作っているのに対し、ヤコのぼさぼさとしただらしなさそうな髪の毛は、まっすぐに下ろせば尻まで余裕で届きそうだ。ミナの髪こそ少女と大差ない長さのボブカットだが、鋭利な刃物で切り裂いただけの全体的に長さが不均衡なものだった。

そんなミナを不思議そうに見つめる少女に「六年も生きてるんだよー」とヤコが言い足す。その年月の重みをまだ少女は知らなかったが、すごいことなのだろうと自然に受け入れることはできた。


「それにしても、驚きました……作戦領域に他の私がいるなんて……」と言いながら、少女はニオとヤコに向き直った。

「単独行動だとあまりにも危険だからね。流星から出た後はしばらく無防備だし」


 おうむ返しに「流星?」と尋ねる少女に、ニオは慌てて「あなたが乗っていた降下ポッドのこと」と説明する。


「だから、手動でポッドを回収して、安全な場所であんたが起きるまで待機してたってわけ」

「もちろん今回のターゲットの討伐にも協力するよ」とニオは両腕でガッツポーズをする。


 二人の好意的な態度に、少女は少しだけ安心を覚えた。もう大半を忘れてしまっていたが、先ほどまで見ていた夢の中で感じていた孤独感が和らいだようにも思える。少女は頬を僅かに赤らめながら「ありがとうございます」と礼を言った。ニオもヤコも表情に優しげな笑みを浮かべて答える。


「さて、私たちの自己紹介もしたし、あなたにも名前をつけなきゃ」

「名前……ですか?」

「そう。毎回『二万百十三』だと呼びづらいでしょ? だから、名前をつけるの」


 なるほど、合理的だと少女は思った。これからの良好な協力関係のためにも、信頼してもらえそうな名前は必要そうである。


「どんな名前がいいかなー? なんか希望ある?」

「えっと……特にはないですけど……」

「私たちは製造番号から名前を取っているけど、好きなものの名前でもいいよ」


 少女は好きなものを頭に浮かべてみるが、自分の記憶の中の少女が好きなものが自分の好きなものとは呼べないように気づき、虚空を見つめながら自分の好きなものを考えた。

 ニオとヤコの期待に満ちた眼差しを無下にできず、少女はソワソワと体を揺らしながら自分の名前を考えていたが、自分でも自分のことをなんて呼んでほしいかは、はっきりと分からなかった。


 そんな少女の迷いに一石を投じるように、「ヒトミ百十三でいいだろう。呼びやすい」と無機質な声が響く。


 少女が顔を上げれば、気配すら感じさせず、いつの間に移動していたミナが、少女のすぐそばに立っていていた。有無すら許さない冷淡な一声と、上から少女の目を覗き込む作り物のような瞳孔に、少女は内心圧倒された。


「へぇ、ヒトミかぁ。ミナ、いいセンスじゃん。どう思う?」

「そ、それでいいと思います」


 それ以外に答えようがないような気がして、少女は慈悲を乞うような目でミナの眼光を見つめ返す。しかし、ミナは特にそれ以上発することはなく、踵を返して同じ支柱を背に、中断していた読書を再開するだけだった。たった今、一体何が起きたのかはよくわからなかったが、少女はミナに畏怖の念を抱かずを得なかった。


「じゃあ、ヒトミちゃんね。これからよろしくね」とニオの嬉しそうな声に、少女、ヒトミはささやかな笑みを浮かべて頷いた。

 だが、ヒトミの脳裏には、己の名前以上に、先ほどのミナの姿が焼きついて離れなかった。間違いなく自分を見ていたのに、自分ではないものを見ているかのような目だったように、ヒトミは感じた。

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