エピローグ ある日どこかで
「僕がタイムリープ出来るって言ったら、どうする?」
練習(リハーサル)も含めれば、この台詞はきっと数百回と口にした。一度目や二度目はまだ不自然さが取り払い切れなかったかもしれない。十度目や二十度目になっても、まだどこか照れがあったかもしれない。
でも、百を超えた辺りから、この台詞はすっかり自分の身体に馴染んで、「もしかしたら僕は本当にタイムリープ出来るのかもしれない」なんて思うようになった。それと同時に不安も募った。
僕の親友はとても重い病気に罹った。一週間で記憶が消えて、幾度も、幾度も、同じ時間を繰り返す、さながら不完全なタイムリーパーになってしまったような病気。八日目の君と会うのがいつも辛かった。僕はそんな親友の治療をしていたわけだけど、正直、折れそうになった回数は一度や二度じゃ済まない。
そんな僕とは対照的に、いつも笑っていたのが君だった。親友から清楚系美少女と評された君は、「こいつはあんな病気に負けるほど軟弱じゃないから」と頼もしく笑った。たまにちょっとヘコむことがあっても、一時間後には元通り。形状記憶合金みたいな人だ。正直、羨ましいと思った回数は一度や二度じゃ済まない。
そんな君が諦めかけたことが一度だけあった。治療のタイムリミットが迫る直前、君はすべてをあるがままに受け入れて、流れに身を委ねようとした。辛い選択だったと思う。一方、なにも知らない僕の親友は呑気なもので、シュミの悪いアクション映画を楽しんでいた。もうこれは何度も言ったことだけど、サメが人を好き放題喰いちぎる映画を笑って観るのはいかがなものかと思う。
でも、君がそんなシュミの悪い親友だから良かった。シュミの悪い君だからこそ、彼女から送られてきた映画になんの疑問も抱かずに食い付いて、シュミの悪い君だからこそ、映画を観る前に筋トレで己を高めようなんてちょっと馬鹿なことをやらかして、シュミの悪い君だからこそ、ふたりにとって何よりも大切な場所に辿り着くことができた。
君は彼女を待たせすぎた。あの一年で少々利子が膨らんでるから、少なくとも向こう百年間は彼女を幸せにしなきゃいけないわけだけど、まあ、そう難しいことでもないと思う。
僕は――
「――こんな時間までなにやってんスか、敦サン」
「ごめん、武緒。起こしちゃったかな?」
「別にいいスよ。喉渇いて起きて来ただけなんで。で、なにやってたんスか」
「明日の友人代表のスピーチ、書き直しててね。無難な言葉じゃ僕の思いは伝わらないからさ」
「それ、式場のスタッフから怒られないスかね。向こうから渡されたガチガチの台本があるとか聞きましたけど」
「まあ、怒られるかもしれない。僕が怒られたら君は恥ずかしいかな?」
「や。むしろ、誇らしいッス。たまには男らしいとこ見せてくれるんだなーって」
「嬉しいけど、その『たまには』、っていうのは余計じゃないかな?」
「まあ、そう思うのは自由スけどね」
「……手厳しいね」
「そうスネないでくださいよ。ホラ、続き書いてください。いま、ホットミルク用意するんで」
「わかった。書き終わったら、読んでもらっていいかな?」
「もちろんスよ。ま、アタシが口出すことなんて無いと思いますケド」
……僕は、〝タイムリーパー〟だからよく知ってるんだ。
君達ふたりの運命を。
これから続く、末長いしあわせを。
八日目の〝清楚系美少女〟は「はじめまして」とぎこちなく微笑んで シラサキケージロウ @Shirasaki-K
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