リープ0 バック・トゥ・ザ・フューチャー
その日の目覚めは最悪に近かった。まだ夢の中にいたところを園からの電話で叩き起こされたということ。電話口でしばらく黙っていたと思ったら、『話があるんだ』とやけに重々しく言うや否やまた黙ったこと。挙句、『やっぱり電話なんかじゃ言えないよ』なんて言い出して、用件も言わずに朝から俺を『しまうま』まで呼びだしたこと。
この男は昔からそうだ。何かにつけてもったいぶる。本題に入るまでの前置きが無暗に長い。そして、大真面目な顔でなんともくだらないことを言い出しやがる。
そんな不満を抱える中でも、俺が園の呼び出しに応じて街中を歩いているのには理由がある。どうしても話したいことがあったからだ。
昨日、悲しいほどにお粗末な映画を観てしまったこと。
そして、とんでもない美人に出会ったこと。
さらに、俺が本気の〝一目惚れ〟をしてしまったこと。
話を聞いた園はどんな顔をするだろうか。大声を上げて笑うだろうか。にこりと慈悲深く微笑むだろうか。神妙な顔つきをするだろうか。哀しみに顔を歪めるだろうか。
どんな反応を見せるのかはわからないが、第一声は決まってる。メルヘン野郎なあいつのことだ。「それって、運命じゃないか」なんて言うことだろう。
そんなことを考えながら歩くうちに、『しまうま』まで辿り着いた。窓から店の中を覗けば、奥の席で園が背中を丸めて座っているのが見える。哀愁漂うその背中は心底落ち込んでいるように見えるが、どうせたいした用事ではないことはわかっている。
俺が人生で初めて〝運命〟というものを意識したのは、しまうまの扉を開けたその瞬間のことだった。
カウンター席の中央に昨日の〝清楚系美少女〟が座っていたからだ。
まさか、再会できるとは思ってなかった。こうなれば園は後回しでいい。しかし、何と話しかけるべきだろうか。「昨日、お会いしましたよね?」とかだろうか。いや、それじゃ向こうが俺を覚えていなかった時に悲惨なことになる。となれば、「コーヒーでもご一緒にどうですか」だろうか。しかしこれではただの軟派男だ。
瞬時に考えを巡らせたが結論が出るはずもなく、腹を括った俺は無策で彼女に歩み寄った。すると向こうからこちらに気づいたようで、彼女はぎこちなく微笑んでから、「はじめまして」と頭を下げた。
その時、反射的に「はじめましてじゃない」という言葉が口から出てきてしまったのは、失敗だったと言わざるを得ない。しかし、こうなれば引き返せない。
「その……なんていうか、はじめましてじゃないんです。覚えてないかもしれないですけど……」
そこで言葉に詰まった俺は、そうじゃないだろうと自分に言い聞かせた。せっかく共通の話題があるんだ。その唯一にして最大の武器を活かさないでどうする。
俺は緊張で強張った顔を精一杯笑みで取り繕いながらこう言った。
〇
「……クリスチャン・ウォーロックは好きですか?」
「……もちろん、大好きだよ」
「そうですか。その、実は、僕もなんです」
「知ってるよ。会ったことあるもんね」
「……でも、さっきは〝はじめまして〟って」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「……どういうことですか?」
「実はね、ここだけの話――タイムリーパーなの、わたし」
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