リープ2 恋はデジャ・ブ その2
翌日も、その翌日も、俺達は〝デート〟を繰り返した。そして様々な場所へ行くたびに、池里はそこにまつわる思い出を語った。
「ここが、わたしたちが初めて喋った場所。カニクリームパスタを食べてたら、突然あなたが『ウォーロックは好きですか?』って。驚いたよ、ほんとに。でも、あの時があるから今がある。感謝しないとね」
大学の食堂で昼食を食べた時はそんなことを語った。
「台本の通り水の中に落ちて、流れの貸衣装屋を演じた小津さんが浴衣を持ってきてくれたまではよかったんだけどね。千晃ったら、わたしのことを全然思い出してくれないし、一世一代の大告白をあっさり断るしで、泣きたくなったよ。おかげで、本当の目的だったはずの思い出のお祭りに行けなくって……。まあ、先走ったわたしが悪いんだけどね」
駒込にある『六義園』という庭園へ出かけた時はそんなことを語った。
「大学の帰りに、よくこの通りに行ったよね。今考えてもおかしな話だけどさ。だって普通に考えたらこんなところ来ないでしょ。新宿だって、池袋だって、渋谷だって遠くないはずなのに、わたしたちはいつもここに来てた。……あの時は、それを思い出して泣いちゃったの。ほんとバカみたい」
巣鴨にある『地蔵通り商店街』へ出かけた時はそんなことを語った。
その他にも、数多くの場所で数多くのことを池里は語った。それらにはひとつとして同じ話は無く、そして、作り話にも思えなかった。
しかし俺には、池里が聞かせてくれた思い出話に何一つとして覚えがない。愛想笑いで誤魔化していたが、俺はそのことを無性に悲しく感じた。
池里と出会って七日目のこと。つまり、〝デート〟の最終日。
いつものように『しまうま』で待ち合わせた俺達は、共に並んで歩き出した。こうすることに違和感を覚えない自分がいることに、なんだか笑えてきて、俺は思わず噴き出した。
「どうしたの?」と訊ねる池里へ、「いや」とはぐらかした俺は、すかさず話題を切り替えた。
「それより、今日はどこに行くんだ?」
「今日はね、近所に映画を観に行く予定だよ。『ミヤモト』っていうの。知らないでしょ?」
「ここの辺りにそんな映画館あったっけか?」
「映画館じゃないんだな、これが。〝プライベートシネマスペース〟なんだよ、ミヤモトは」
曰く、『ミヤモト』というのはこの近所にある既に潰れた元レンタルビデオ店である。店の元店主がかなりの凝り性であり、暇な時間に映画を観られるようにホームシアターの設備を店内に設置したらしいのだが、店を畳むと同時にあまり使わなくなり、今となっては園も所属する映画サークル『白鯨』が、空き家になった店を部で管理する代わりとして、部員ならばいつでもそこを使っていいことになっているらしい。
「なんだよ。じゃあお前、白鯨の部員なのか?」
「違うよ。千晃と一緒に撮影を手伝ったことは何回もあるけど、部員じゃない」
「だったらなんでお前が勝手に使えるんだよ」
「決まってるじゃん。タイムリーパーだから」
困った時の池里からこの答えが返ってくるのはいつものことである。そして俺はそういう時、「そうかよ」と言う以上は何も言わないようにしている。この一週間のうちにいつの間にか固まった、ふたりの間の暗黙のルールのようなものだ。
二十分ほど歩いていると、俺達は『ミヤモト』に到着した。錆びたシャッターを開けた池里は、俺に先行して店内へと足を踏み入れる。空っぽになった棚が何列も並んでいるが、こまめに掃除されているらしく、埃などの汚れは無かった。
「ついこの前、白鯨のみんなと掃除したの。久しぶりだから、ずいぶん汚れてた」と池里は教えてくれた。
レジを超えたところにある扉を開けると、そこが〝プライベートシネマスペース〟となっていた。正面の壁には100インチは軽くありそうなスクリーンが掛かっている。スクリーンの左右、さらには部屋の中央に置いてある四人掛けのソファーを囲むように置いてあるのはスピーカーだ。壁際に並べられた棚には、ブルーレイやDVDの背表紙が並ぶ。ここにいれば、いくらだって時間を潰せそうである。
部屋の隅にあった冷蔵庫からポップコーンの袋とコーラを取り出した池里は、それをソファーの上に置くと、続けて棚の方に向かった。
「さあ、何を観ようか。なんでもあるよ。ウォーロックはもちろん、スタローンも、シュワちゃんも、ジャッキーも、ブルース・ウィリスも、ブルース・リーも、スターウォーズもMCUもエクスペンダブルズも、お堅いのが観たいならアカデミー賞を取った作品も、全部ある」
「池里は何が観たいんだ?」
「そうだね。色々あるけど……やっぱりこれかな」
そう言って池里が棚から取り出したのが、クリスチャン・ウォーロックの『クロスXレンジ』だった。
「好きだな、本当に」と俺が笑うと、池里は「タイムリーパーだからね」と答えになっていない答えを返した。
〇
映画の時間は夜まで続いた。俺達は様々なジャンルの映画を次々と観て、くだらないことを語り合った。本当にくだらないことなので、何を喋ったのかは覚えていないが、しかし楽しかったことだけは覚えている。
八時を過ぎた頃になってミヤモトの外に出ると、当然だがかなり暗い。「腹減ったな」と俺が言うと、池里が「だね」と同意したので、俺達は駅まで行ってレストランで夕食を共にした。ここでもまた、くだらない話に花が咲いたのは言うまでもない。
十時近くになったところで店を出て、俺達は同じ方向に向かって歩き出した。先ほどまでバカみたいに喋っていたのが嘘みたいに、互いに言葉が出てこなかった。
やがて池里がふいに足を止め、「今日で一週間目だね」と呟いた。少し離れたところで足を止めた俺は、「ああ、そうだな」と返した。
「付き合ってくれてありがとね。この一週間、楽しかった」
「……なあ。なんでお前はこんなことやりたかったんだ?」
「半分はあなたのため。……でも、もう半分はケジメかな」
「俺のためっていうのも気になるけど、ケジメっていうのがもっと気になるな」
「なんていうのかな。このままじゃわたし、諦めきれそうになかったから。だから、こうやって、色々周って……」
そこで言葉を切った池里は、「やっぱなし」と言って早足で歩き出してあっという間に俺を追い抜かす。
「タイムリーパーだからね」
「……そうかよ」
かなりゆっくりと歩いたが、三十分も経たないうちに俺のアパートまで辿り着いた。池里は「じゃあね」と俺に言うと、逃げるようにスタスタと歩いていった。
秒ごとに小さくなる背中が見えなくなってしまったら、なんだかあいつとはもう二度と会えないような気がして――俺は「待てよ」とその背中を呼び止めた。
「なに?」と池里は振り向かずに答える。
「その……あれだ。例の条件を変えたい。いいか?」
「どんな風に?」
「明日以降も会わないか? 観たい映画はまだまだたくさんあるし、紹介した奴だっている。映画友達だ。いいだろ?」
「……じゃあ、わたしにも追加の条件がある」
「何でも言えよ」
「真春って呼んで」
妙にむず痒く感じるのを我慢しながら、俺が「真春」と呼びかけると、池里はようやく振り返り、歯を出してニッと笑った。
「それを聞けて良かったよ。じゃあ、明日の十時、また『しまうま』でね。忘れちゃダメだよ、千晃」
「忘れるかよ、こんなこと」
「嘘だったら、一生許さないんだからね」
俺は池里の背中が見えなくなるまで見送ってから、自室へと向かった。
なんだか、今日はよく眠れそうだ。
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