リープ18 オール・ユー・ニード・イズ・キル その8

 その日から、治療計画を準備する日々が始まった。


 わざわざ病室へホワイトボードまで持ち込んで、写真やら何やらをたくさん貼り付け、黒いマーカーをボードの上に走らせながら園は力説した。


「もし当時の状況を再現するのなら、江波と池里さんはお互い何も知らずに出会うというのが望ましい。でも、なかなか起こらないから運命なんだ。たとえ隣同士に座らせて同じ状況を創り出したって、江波が池里さんを意識しなければそれで終わり。それなら、初めから江波が池里さんを意識するようにしておいた方がいい」


 園が主体となって練られた、俺の一週間のスケジュールはこうである。


 初日。園に誘われ新文芸坐に行った俺は、そこで池里と邂逅。運が良ければここで治療は終わる。もし上手くいかなければその後、園がタイムリーパーであるという話と、池里に惚れているのだという話を聞く。


 二日目には池里と俺が接触。ここで俺と池里は、当時の出会いをそっくりそのまま辿ることになる。

これでもダメなら三日目には映画サークル『白鯨』御用達のプライベートシネマスペースにて共に映画の鑑賞。ここで観るのは、池里が俺に勧められるまで観たことが無かった映画、『バックトゥザフューチャー』シリーズ。これでもダメなら四日目、五日目と同じようにひたすら不毛な映画鑑賞を続ける。


 五日目の夜辺りになると、業を煮やした俺が園に「さっさと行動したらどうだ」と詰め寄る。この辺りは俺頼みになるが、経験則からまずこういったことを言い出すのは間違いないだろうとのことだ。

すると園は自らの心情を吐露。池里は自分ではなく俺に惚れているのではないかと話を始める。俺の性格から言って、「なにバカなこと言ってるんだ」という話になるだろうが、ここは園の演技力の見せどころである。園が本気のバカを演じ、俺を半ば無理やり説得して、俺と池里にデートをさせると約束させる。


 六日目になると園は池里にデートの約束を取り付ける。場所は新文芸坐。観る映画は、もちろんクリスチャン・ウォーロックの『クロスXレンジ・チャプター2』。


 そして、運命の七日目。俺、園、池里の3人は共に再び新文芸坐へ。しかしそこでアクシデントが発生。園の知り合いが出現する。人の話を聞かないその知り合いは、園を連れて劇場内へ。なし崩し的に俺と池里は隣同士で映画を観ることに。


「出来れば上映終了後、池里さんには江波にキスのひとつでもして欲しい。白雪姫の逆バージョンってとこ。もしかしたら、〝眠れる姫〟じゃなくて〝眠れる王子〟が……いやゴメン冗談。そんな怖い顔で見ないで欲しいな」


 ともあれ、作戦は決定した。園の知り合いなど、諸々の〝エキストラ〟は白鯨の部員が務めてくれるという。またありがたいことに、新文芸坐との交渉も順調に進んでいるそうだ。いよいよ後は春を待つのみである。


 一日、また一日と過ぎるたびに、自分の時間が残り少なくなっているのだと実感する。しかし不思議と怖くはない。きっとこの日のことも思い出す時が来ると、心の中で信じているからだろう。


 七日目――つまり、今の俺にとっての〝最終日〟。ひとりで病室へやって来た池里に連れられて、向かったのが新文芸坐だった。下見のためだと池里は言っていたが、別に今からそんなことをする必要もないのはわかっている。ただ単純に、ふたりでどこかに出かけたかっただけだろう。


 新文芸坐は過去の映画を二本立てで上映する、いわゆる名画座という類の映画館だ。今日、上映する映画はタランティーノの〝パルプ・フィクション〟と〝レザボア・ドックス〟の二本。当然ながら、スクリーンで観るのは初めてである。


 劇場は既に半分近く埋まっている。前寄り中央の席に並んで座った俺達は、上映が始まるのを待っていた。


「ねえ、千晃。見てよこれ」


 そう言って池里が見せてきたのが、『クロスXレンジ』の衣装である黒いスーツを隙無く着こむウォーロックがプリントされたスマホカバーである。『クロスXレンジ』がブルーレイ化された際に百個だけ生産された超限定品のはずだが、まさかこいつも持っているとは。


「よく手に入れたな。ていうか、よく外で使えるな、それ」


「だって、千晃のコレクションから譲って貰ったんだもん。誕生日のプレゼントにって。使わないわけにはいかないじゃん」


「……俺も、もっとマトモなプレゼントは無かったのか?」


「なに言ってるの。最高だったよ。唖然としちゃったわたしを見て、慌てて別のプレゼントもバッグから出した千晃の顔」


「……それ聞いてホッとしたよ」と俺は胸を撫で下ろした。俺も辛うじてマトモな感性を持ち合わせていたらしい。「嬉しかったから大丈夫だよ」と言ってグッと親指を立てた池里はさらに続ける。


「でもまあ、千晃と会う前のわたしだったら、こんなの貰ったら怒ってたかもね」


「俺と会う前からウォーロックは好きだったんじゃないのか?」


「そりゃー好きだったけどさ、そこまでじゃないし。だいたい、この手の映画をわたしが観るようになったのだって、千晃と会ってからのことだし。そもそもわたし、基本的にはあんまり映画観ない人だったんだから」


「ウソだろ。じゃあなんでクリスチャン・ウォーロックなんてB級アクション映画の常連俳優を知ってたんだよ」


「ウォーロックは元々なんとなく好きだったの。昔、午後のロードショーで観て以来ね。で、街を歩いてたらたまたま看板を見つけて、ふらーっと入って、空いてる席に座って……それで、隣には千晃がいた。運命でしょ?」


 そう言って池里はくすくすと笑う。


「……ねえ、千晃。試しにさ、映画の途中でわたしの方を見てみてよ。もしかしたら、それがきっかけで記憶が戻るかもしれないよ」


 その時、学校のチャイムのような音が鳴って、スクリーンを覆っていた幕が開いた。それからすぐに映画の予告が始まる。すると池里は視線をすっと前に戻し、スクリーンをじっと見つめた。


「さあ、レッツチャレンジ。やってみよう」





 その日の夜。病室のベッドに座る俺は、ノートを片手にひとり悩んでいた。


 明日以降の俺が、また池里達に迷惑を掛けるかもしれない。そのいざという時に見せる動画を撮るため、どんなことを話すべきか考え、原稿にまとめようとしていたのだ。


 書いては消してを繰り返して一時間。話す内容はまだひと言も決まっていない。このままだと恐らく、いくら考えたところで何も思い浮かばないだろう。こうなれば、出たとこ勝負だ。


 ノートを投げ出した俺はスマートフォンを手に取る。カメラを自分へ向けて、深呼吸。録画ボタンを人差し指でタップした。


「……よお、俺。色々聞いて驚いただろ? でもまあ、俺だって驚いてる。説明するのは面倒だし、みんなから聞いてるだろうから省く。だから大事なことだけ言ってやる。お前はどうしようもないくらいに池里のことが……真春のことが好きだった。だから、アイツを信じろ。ごちゃごちゃ抜かすな。きっと、うまくいく」


 録画を止めて、スマートフォンを枕元に置いた俺は、ベッドに身体を投げ出した。






 今日はよく眠れそうだ。






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