リープ34 インセプション その6

 翌日。園に頼んで白鯨の面々に部室まで集まって貰った俺は、開口一番で、池里に真実を伝えるべきだという話と、その上で俺達に何か出来ることがあるはずだという話をした。部員の皆は突然始まった俺の話に目を丸くしながらも黙って耳を傾けてくれたが、話が終わった後も固く口を閉ざしたままだった。漂う空気は少し不穏だが、こうなるのはわかっていたことだ。気にしても仕方がない。


 部員の中で最初に口を開いたのは、マルボロを口に咥えながら険しい表情をする小津さんだった。


「江波。君の熱意は伝わった。そして、君が本気であることも伝わった。しかし、ただ真実を伝えるだけでは池里がショックを受けるだけで終わる。どうするつもりだ?」


「『50回目のファーストキス』と同じ手を打とうと思ってます」


 説明せずとも映画の内容を知っていた小津さんは、煙草の煙と共に「なるほど」と吐き捨てる。


「ハッキリ言って、上手くいくとは思えんな」


「ええ、上手くいくとは限りません。ですが、一年間に五十二回誕生日パーティーを行うよりもずっと健全な手だと思いますけど」


「たいした皮肉だな」と言って小津さんは俺をジロリと睨む。〝怪物〟なんて噂されるだけあってさすがの胆力だが、こんなところで負けていられない。俺も構わず睨み返した。


 俺達の睨み合いを見ていた白鯨の部員は、不安げに表情を強張らせている。ただひとり、愉快そうにニヤニヤしていたのは、園に負けず劣らない細い二の腕を持つカメラマンの三池さんだった。


「いいじゃねぇかよ、小津。ノってみようぜ、江波の意見に。ていうか、俺はノった。おんなじこと毎週毎週繰り返して、頭おかしくなりそうだったんだよコッチは。楽しみっていえば誕生日パーティーの飯だけだ。一回くらい変わったことしてみてもいいだろ?」


「勝手なことを」と言いかけた小津さんを遮るように、話が始まってからずっと膝に視線を落としていた黒沢さんが「わたしも!」と力強く声を上げる。


「わ、わたしも、江波くんの意見に賛成です。わたしはたぶん、辛いことから逃げてるだけでした。真春ちゃんの泣き顔を見るのが嫌だっただけでした。……でも、もう、逃げません。逃げたくありません」


 黒沢さんに続けて北野、さらには檜山が賛成の声を上げる。この展開は予想していなかったのか、小津さんは「信じられない」とでも言いたげに周囲を見回し、灰皿へ煙草を押し付けると、天井を仰いで手のひらで顔を覆った。


 静寂と緊張。やがて、小津さんは「負けたよ」と言って降参したように両手を挙げた。


「やれるだけのことはやろう。私だって、このままではどうしようもないと思っていたことは事実だ」





 真の〝プロジェクト・イケサト〟はその日から早速実行された。


 まず、池里の記憶代わりとなる映像をどのようなものにするかを決める必要があった。部員の皆で意見を出し合い、それを元に黒沢さんが簡単なコンテを作成する。それを見た小津さんが台本を書き、とりあえず事前準備は完了。


 肝心の撮影についてだが、〝第一週目〟に当たる今回に限っては、池里に悟られてはいけない。しかし撮影は大胆にも池里の面前で行われることに決定した。


「映画撮影の一環だ」といえば誤魔化しやすいというのもあるが、何より池里と共に撮影を行うことにより、本人が映像に映るため、説得力が増すだろうと考えてのことだった。


 まず撮影は大学構内のシーンから行われた。構内における本来の撮影は、昨日、一昨日と集中して行ったから既に終了しており、今日は校外に出ての撮影を予定していたのだが、ここは小津さんの出番だった。小津さんは、「脚本の内容を変更することになった」、「あんな画は使えない」と適当な理由をつけて、俺達に再撮影を命じ、そして俺達も素直にそれに従った。


 撮影を行う最中、カメラはしばしば池里の横顔や背中へこっそり向けられた。そして休憩中になると、「メイキング映像を作るんだ」という理由をつけた上で、同じくカメラは池里へ向けられた。


 そうこうしているうちにその日の撮影は無事終了した。池里を黒沢さんと共に帰した後に、部室に残ったメンバーでその日に撮った映像の確認・編集を行う。ナレーションの録音なども同時進行で行う必要があって、結局その日、大学を出て家に帰ることが出来たのは十二時過ぎになってからのことだった。


 翌日も撮影は夕方まで続き、それから映像の確認・編集作業。キリの良いところまで作業を終えて大学を出たのは、昨日よりも遅い時間だったが、おかげで映像は八割方出来上がった。


 池里にとって明日は、一週間が始まってから六日目。このペースならば七日目には映像が完成していると考えてもいいだろう。目に見えるところまで近づいてきた〝封切り日〟に、緊張とも不安とも似つかない何かを覚えながら帰路を歩いていると、隣を歩く園が「ねぇ」と話しかけてきた。


「どうだい、身体の調子の方は」


「なんだよ、急に」


「覚えてないの? 君、高校生の頃、文化祭の準備を張り切りすぎて熱出して倒れて、結局本番の日は来れなかったじゃないか」


「高校の頃と一緒にするな。それにあれは、クラスの準備以外にも、お前の演劇部の準備も手伝ったからだぞ」


「それはそうかもしれないけど……でも、心配だよ。江波の顔、根詰めすぎって感じだ」


「ここで詰めないでいつ詰めるんだよ。大丈夫だから、安心しろ」


「……わかったよ。まあ、ほどほどにね」


 あくびを漏らしつつ空を見れば、爪楊枝で天蓋を突いて出来たような小さな星がぽつぽつと寂しく光っている。きっと、月が無遠慮に大きく輝いているせいだろう。遠くを走る車の音すら聞こえない静かな夜だからか、空気がやけに涼しく感じる。羽織っていたパーカーのジッパーを上まで上げてもなお寒い。もしかしたら園の言う通り、体調を悪くする前兆かもしれない。


「ところでさ。君、池里さんとは今回が〝はじめまして〟じゃないってこと、覚えてる?」


「変な嘘つくな。会ったこと無いぞ」


「いいや、会ったことがある。それどころか君、彼女のことを〝かわいい〟だなんて言ってた。君が言うところの一目惚れだ」


「だったらなおさら覚えてる」


「ところが、君は覚えてない」


「じゃあどこで会ったんだよ」


「さあね。思い出してごらんよ」


「ふざけんなこのメルヘン野郎。言えよ」


「そうしたいところだけど、どうやら時間切れみたいだ」


 気づけば、いつの間にか俺のアパートの前まで来ていた。「君を信じてるよ」などと言いながら手を振り、足早に去って行く園の背中に俺は「じゃあな」と返しつつ、思い切り中指を立ててやった。

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