リープ47 時をかける少女 その2
それから俺達は北野の提案により四人で共に映画を観ることになった。選ばれた作品は筋骨隆々、好き放題にやりたい放題の血肉沸き踊るアクション映画、『エクスペンダブルズ』。園が推薦したロビン・ウィリアムズの遺作、『余命90分の男』が却下されたのは言うまでもないだろう。
さて、これは映画を観ながら話しているうちにわかったことだが、池里真春という女は断じて園の言うような〝清楚系美少女〟ではない。むしろそれとは程遠い。
池里の長い黒髪と眠たげな目元は、確かにいわゆる〝清楚系〟で〝美女〟かもしれない。しかし、エクスペンダブルズの作中でテロリストが撃たれ、首を斬られ、爆破されるのを見てきゃっきゃと喜ぶのは、清楚系の所業ではない。バイオレンス系だ。そもそも大学生は、〝少女〟と呼んでいい年齢じゃない。
一方の北野武緒は見た目と中身が一致していてわかりやすい。映画の知識がブロマンス方面に偏っているのはさておき、見ての通りにギャルで、見ての通りに人懐っこい女である。「全映画の格闘シーンで最高なのは〝ゼイリブ〟におけるあの殴り合いだと思うんスよ」なんてことを熱く語る姿は、さすが白鯨の部員だと言わざるを得ないが。
北野、池里のふたりは、当初そこまで長居する予定でもなかったらしいのだが、思っていたよりこの部屋の居心地が良かったようで、結局『エクスペンダブルズ』シリーズを全て観てからミヤモトを出て行った。去り際、池里が「明日もまた上映会ね」なんて言っていたところを見るに、よほどこの映画空間が気に入ったらしい。
ふたりが帰った後で、部屋の片づけをする園を手伝いながら、俺は「聞きたいことがある」と言って話を切り出した。
「なんだい、改まって」
「あの北野って後輩は、お前の〝協力者〟なのか?」
「そうなって貰おうと考えたこともあるけど、彼女はタイムリープを信じそうにないから止めておいた」
「だったら北野は偶然で池里を連れてきたってわけか」
「そうじゃない。さっき言ったろう。池里さんは必ずここに来るって。北野が彼女を連れてきたのは、偶然じゃなくて必然なんだよ」
「どういうことだよ。意味がわからんぞ」
「それならわかるように説明しよう」
そう言うと園は人差し指を天井に向かってぴんと立て、映画に出てくる胡散臭い探偵のように俺の周りをゆっくりと歩き始めた。
「説明した通り、確かにタイムリープには〝必ず〟なんてことはあり得ない。僕が作った歪みのせいで、何が起きるかわからなくなるから。でも、一日目の北野だけはどうにも別なんだ。これはもうある種の運命と言ってしまってもいいのかもしれないけど、とにかく北野は、ループ一日目の午後十二時までに、僕達が池里さんと接触しなかった時に限って、〝必ず〟彼女を連れてここに来る」
「どうしてそうなるんだ」と訊ねると、園は「さあ」と言って首をかしげる。
「僕だって時間の研究者じゃないからね。なぜそうなるのかはわからない。でも、現にこうして彼女はやって来た。それでいいとするしかないよ」
「なるほどな」と一応納得する素振りを見せた俺が、そこからさらに話を続けたのは、園がタイムリーパーとしての設定をどこまで作り込んでいるのか確かめてみたくなったからである。
「でも、そうなるとまたわからないことがあるぞ。お前はなんであえて北野に池里を連れて来させたんだ? 協力者じゃないとすれば、お前の邪魔をするかもしれないのに」
「いい質問だね、江波千晃くん」
胡散臭い探偵・園は、人差し指の先端を俺に向ける。その得意げな顔が妙に腹立った。
「北野について面白いことがもうひとつあってね。彼女は池里さんをここに連れて来ること以外、確定した行動を何一つとして取らないんだ。僕の見立てだと、どうやら北野は僕のループにおける〝翼の生えた虎〟だ。池里さんをここに連れて来るという役割を果たした後の彼女は、神に翼を与えられ、自由に飛び回って空を引っ掻き回す」
「長い。それと意味わからん例え話を止めろ。結論を言え」
「どんな時間軸でも自由に振る舞う彼女がいれば、さらに大きな〝歪み〟を作れる。僕の恋愛成就に向けての鍵になってくれるかもしれない」
園はそう言ってウインクしてみせた。よほど力を入れて設定を作り込んできたらしいと、俺は感心の念を覚えた。
〇
その翌日から俺達四人は映画三昧の日々を送った。
朝の十時からミヤモトに集合し、まず一本映画を観る。コンビニ飯で昼食を済ませながら、その時間を使ってもう一本映画を観る。それが終われば小休止のために『しまうま』へ向かい、その日観た映画の話をしながらアイスコーヒーを飲む。その後は再びミヤモトへ戻り、もう一本映画を観る。そうしているうちに日が暮れる。体力が残っていればさらに一本映画を観る。朝から晩まで映画漬け。授業にもロクに出ないから、必然、脳細胞が鉛玉で撃ち抜かれる毎日だ。
こんな調子の日々を続け、気づけば既に五日目である。園は未だ池里に対してなんの行動も起こしていない。もちろん俺は毎日のように「食事に誘え」と言って、幾度と背中を叩いている。しかし園はその度に、赤くなった背中を擦りつつ、「時期が悪い」とか「今日は調子が悪そうだ」なんて言って逃げやがる。意気地がないにも程がある。どうやら待っていても埒があきそうにない。
仕方がないのでその日、夜の映画を観た後で、俺は池里と北野をまとめて夕食に誘った。焦る園を余所に、池里はあっさり「いいよ」と返事をして、北野もこれに同意した。
さて現在、俺達は駅前にあるチェーンの居酒屋で、焼き鳥をつまみにビールやらサワーやらを飲んでいる。会話の内容はもっぱら映画。最近観た中でオススメの一本だとか、オールタイムベストテンだとか、今の邦画界が目指すべき方向性についてだとか。多種ではないが多様である。
やがて話題が好きな俳優についてという方向に切り替わったところで、その語りに熱が入ったのが池里だ。
「忘れもしないの。わたしが初めて観た映画が、クリスチャン・ウォーロックの『クロスXレンジ』。風邪を引いて小学校を休んだ時に観た午後のロードショーだった。ぼんやり画面を観ていただけのはずなのに、いつの間にか食い入るように観ちゃってて……結局、熱が上がって翌日も学校を休んだの。それで、それ以来わたしはずーっとウォーロックが好き。ほとんど誰にも言ったことが無いけどね」
二度の息継ぎを挟んで早口で語った池里は、ビールジョッキを大きく傾け液体を半分ほど減らしてから、「見てよコレ」と興奮気味に何かを見せつけてきた。何かと思えば、黒いスーツを隙無く着込むウォーロックが描かれた『クロスXレンジ』のスマホカバーだ。
これは大変珍しいもので、『クロスXレンジ』ブルーレイ化の際に100個だけ生産された超限定品である。まさか、俺以外にこの一品を持っている奴が身近にいるとは、想像もしなかった。
「よく使えるな。それ、俺も持ってるけど、箱にしまったまま家に保管してあるぞ」
「誕生日プレゼントで貰ったものだからね。もったいなくても使わなくちゃ、くれた人に失礼でしょ?」
「義理堅いな」
「当然、人として」と胸を張る池里を見た瞬間、俺は思わず「あっ」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
諸々の事情でお蔵入りになり、ウォーロックの追悼記念で制作されたブルーレイ、『クロスXレンジ・チャプター2』の発売日が今日であることを思い出したからである。
「どうしたの、江波くん」
「ブルーレイの発売日。『クロスXレンジ・チャプター2』だよ。すっかり忘れてた」
俺が頭を抱えているところへ、園が「ちょっとちょっと」と割り込んでくる。その顔は既にかなり赤い。まだレモンサワーを一杯半飲んだだけだというのに園という男はあらゆる面において貧弱である。
園はやや虚ろになった目を俺に向けながら言った。呂律が若干怪しい喋り口だった。
「さっきからふたりしてウォーロック、ウォーロックって……。そんな映画ばかり観ているとねぇ、頭まで筋肉になっちゃうよ、ふたりとも」
「頭は元から筋肉の一部だろ」と俺が屁理屈を返すと、園は「そういう話じゃないんだから」とムキになって言う。そこで俺はようやく、俺が池里と仲良く喋ることに園が嫉妬しているのだということに気づき、「悪かったな」と謝った。
「園。お前だいぶ酔ってるぞ。外で風でも浴びてこい。池里もだ。顔が赤い」
園は「全然平気だい」と見栄を張って俺の提案を拒んだが、「行かなきゃお前の思いを俺が代弁して伝えてやる」とこっそり脅すと、顔を青くして席を立った。「平気かな?」と言いながら、池里も心配そうにその後をついて行った。
店の外へと向かったふたりを横目に見送った北野は、呆れたように鼻から小さく息を吐く。俺は黙ってビールのジョッキを傾けた。そんな俺を見た北野はまた小さく息を吐き、それからゆっくり話し始めた。
「……たまに思うんスよね。こんなこと続けていいのかって」
「なんだ急に。人生相談か? 言っとくけど、俺にはロクなアドバイス出来ないぞ」
「そっちじゃなくって、コッチの方っス」
そう言うと北野は人差し指で空中に横向きの〝8〟という数字を描いた。「なんだよそれ」と訊ねると、北野はさらりと「園サンのタイムリープのことっスよ」なんて言い出したので、俺は飲みかけのビールを思わず噴き出した。
楽しそうにケタケタ笑う北野は、「大丈夫っスか?」と俺におしぼりを差し出す。「大丈夫だと思うか?」と返しながら顔を拭いた俺は、大きく深呼吸した。
「北野、お前もグルだとは聞いてないぞ。ふたりして訳の分からん嘘つきやがって」
「グルじゃないし、嘘でもないっスよ。園サン、本当にタイムリーパーっスから。何度も何度も時間を超える、〝時をかける大学生〟っスから」
「アルコールが入ってるとはいえ、よくもそんな恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言えるな」
「だって本当のことっスからねぇ」とさらりと言った北野は、ハイボールのグラスを傾ける。半分ほど残っていた液体をひと息に飲み干した北野は、口の周りをおしぼりで拭くと共に、ふと表情を引き締めた。
「……でも園サン、根本的に間違ってるんスよ。あの人は、真春サンに恋なんてしてない」
「あんなバカになってる状態が恋じゃなかったら、なんだってんだ?」
「園サンはただ、真春サンに幸せになって欲しいだけなんスよ。彼女が幸せなら、傍に立つ人は誰でもいいはずなんスよ」
「なんでそんなことがわかるんだよ」
俺がそう問うと、北野は途端にうつむいて、「それは、なんとなくっていうか」なんて風に言葉を濁し、それから怖いくらい真面目な顔で俺を見た。
雄弁な視線が俺の目に刺さる。店内を包んでいた賑やかなざわめきが遠のいていく。北野はじっと俺を見たまま、唇を真一文字に締めて押し黙っている。何も言葉は無かったが、だからこそ何か俺には言えない事情があることは理解出来た。
「……事情を聴くつもりはない。でも、俺に力になれることがあるなら言ってくれ」
「ありがとうございます。優しいんスね、江波サン」
北野は唇を緩めて弱々しく笑った。きっと話してくれないだろうなと俺は思った。
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