第1話 襲ってきた騎士共を恐竜が本能に従い喰らう


 第三皇子カッシオの陰謀で、怪物の巣食うモストロ領域に追放となったディーノは、荷馬車のような簡素な馬車に乗せられ追放先に向かっているところであった。

 御者台には二人の騎士がおり、ディーノの監視・案内役を担っている。

 段々と遠くなる王城。これまでほとんど離れることがなかった住処から追い出されたが、ディーノが感傷的になることはなかった。


 冷めてるのかね。


 思い入れはある。大事な家族とている。しかし、どうにも気持ちが動かない。

 視線を切り、荒い運転に身を委ねていると、馬車が止まった。

 車内から外を見ても周囲は木々に囲まれた森だ。王城を出た時間から計算しても、モストロ領域には程遠い。

 なにがあったのか。ディーノは馬車を降りて確認しようとしたが、その必要はなくなった。

 荷馬車に居た者も含めた甲冑を纏った騎士五人が、車内にいるディーノに剣を突き付けてきたからだ。


「……これは?」


 ディーノは理解していたが、敢えて彼らに問うた。その声に恐れはなく、小さな苛立ちだけが含まれている。

 しかし、彼の動じない態度を騎士たちは恐怖で動けないと判断したのか、騎士とは思えぬ見下すような笑いを浮かべる。


「へへ。カッシオ様のご命令でな。お前を殺せとのお達しだ」

「はあ……」


 分かりきっていたことではあったが、告げられた答えにディーノは嘆息する。


 なにが死刑は忍びない、だ。見栄ばかり張りやがって。こんなことをするのが血を分けた兄弟かと思うと情けなくなる。


 黙りこくったディーノを見て、騎士たちの笑みが深まる。


「おお? なんだ、恐ろしく声も出ねぇのか? 皇子様?」

「おいおい止めろよ。もうこいつは皇子でもなんでもねぇだろ?」

「ははっ! そりゃそうだ。せっかく良いとこに生まれたってのに、今では国を追われる罪人だ。情けないことこの上ねぇなぁ。――まあ、俺たちにとっちゃいい酒の肴だかがなぁ?」


 騎士たちがどっと笑い声を上げる。上流階級の、それも皇子をいたぶるのが心底楽しいらしい。

 とてもではないが正道を常とする騎士には見えない。見栄えの良い鎧を着た野盗と言われたほうがしっくりくるぐらいだ。


 頭が頭なら下も下か。三下しかいないのか。


 これが軍事大国とまで謳われるサングエ帝国の標準だというのであれば、早晩滅亡は免れまい。カッシオの周囲にだけこのような屑共が集まっていると思っておくのが心穏やかか。


「さぁって、ちゃっちゃと殺すか」

「おいおい待てよ。こいつ殺したら金一封だろう? 独り占めはよくねぇな」

「つっても、元皇子様は一人しかいねぇんだぞ? 早い者勝ちだろう?」

「だからよぉ、一旦馬車から出してからにしようぜ。まだ公平だろう?」

「ちっ。仕方ねぇな。だ、そうだ元皇子様? 良かったなぁ? もしかしたら逃げ切れるかもしれねぇぜ?」


 下卑た笑い。一人に対して五人で囲っているからか、その態度は横柄であり、乱暴だ。

 光る白刃を目にしながら、ディーノは騎士たちの指示通り馬車から降りる。

 指示に従ったことに気を良くしたのか、リーダー格と思われる騎士が気分を良くする。


「そうそう。素直に言うことを聞いたら、一発で殺してやるから――な?」


 我慢の限界であった。

 がしり、と。騎士の顔を右手で鷲掴みにする。

 突然の暴行に目を丸くした騎士は、顔を掴む手を引き剥がそうと剣の持っていない手でディーノの手首を掴む。けれど、どれだけ力を込めても微動だにせず、顔を掴む指先は際限なく力が増していく。


「こ、こい――がっ!? ……ぁあああああああああああああああああっ!?」


 絶叫。

 ついには剣も手から離れ、なりふり構わず振り払おうとする。大の男、それも騎士として訓練しているであろう男がどれだけ暴れても、ディーノは顔色一つ変えることはない。

 周囲の騎士たちも異常な出来事が起こっていることには気が付いているのだろうが、目の前の光景が理解できず、手を出しかねている。

 ディーノは騎士の顔面を掴み上げたまま、腕を頭上に上げていく。足すら付かなくなった騎士は必至に四肢を振るうが、何一つ効果はない。


「気が楽だ。王宮で腹の探り合いなんぞ俺には向いてなかったんだ」

「いだいいだいっ!? やべろぉおおおおおおおっ!? でをはなッ!?」

「――喰い合いこっちの方が好みだ」


 肉が潰れ、骨の砕ける鈍い音が騎士たちの耳を襲う。

 びちゃりと、周囲の地面を紅い血が汚す。

 潰れた頭から、ディーノの白い腕を涙が流れ落ちるかのように血が滴る。

 頬に跳ねた血をディーノは肉厚的な舌で舐めとると、恍惚としたように甘い吐息を零す。


「……美味いなぁ。城で出る料理は繊細で美味かったが、やはり新鮮な血肉は舌に馴染む」

「な、ななななんだお前はっ!?」


 頭蓋を握力だけで握り潰すなど、人種の成せる技じゃない。

 残り四人の騎士は、尋常ならざる悲惨な光景に顔を青褪めさせ、恐れ戦く。腰が引け、剣がカタカタと音を鳴らし震える。

 ディーノは握り潰した騎士の頭を離す。ドシャッと音を立て死体が転がり、割れたコップのように頭蓋から血が零れて血溜まりを作り出した。

 ディーノから視線を向けられ、騎士たちの身体が強張る。目を向けられたから――だけではない。肉食獣のように瞳孔が縦に長くなり、とても人の目とは思えなかったからだ。


「俺がなにか、か。元第三皇子ってのは間違いじゃねぇ。ただし、の話だがな」


 ディーノの身体が内側から膨れ上がっていく。

 骨格が変わり、肉は厚く、肌は硬い鱗が覆われる。

 身体は肥大化を続け、見上げねばならない程に高くなっていく。

 黒かった瞳は金色に輝き、縦に長い肉食獣特有の瞳孔が震え上がる騎士を捕える。


「前世はこことは違う世界で生きてきた。強い奴が喰らい、弱い奴は喰われる弱肉強食の世界。俺はそこで肉食獣の王だった」


 ――震え上がれ、か弱き人種よ

 ディーノの姿は見る影もなくなり、姿を現したのは木々をも超える全長を誇る巨大な竜であった。人を喰らう鋭い牙に、大きな口。強靭な足が土を踏みしめる度、大地を震え上がらせる。人を恐怖へと駆り立てる姿は、弱き人種とは違う強者の証。

 腰を抜かし地面に尻餅を付いた騎士は、カチカチと歯を鳴らす。後退り、呻き声を漏らしながら懸命に逃げようとする。


「あ、あがっ……ど、ドラゴンっ?」

「――違う」


 姿形は巨大な怪物に変化しながらも、肉声は変わらずディーノそのものだ。それが余計に、非現実的な状況だと理解させられ、騎士たちの恐怖を駆り立てる。

 地にへたり込む騎士へ、ディーノは大きく凶悪な鼻先を突き付ける。



「――サウルスだ」



 瞬間、泣き叫ぶ間も与えず、牙を突き立て、噛み砕き、喰らい、血肉を貪る。

 殺すなどという生易しい光景ではない。目の前で行われているのは、正しく狩りであり、食事であった。

 聞くに堪えない血肉を貪る音を響かせたディーノ。口の端から、今喰らった騎士の腕がはみ出ている。ガチリと歯を嚙合わせると、ボトリと腕が落下した。

 恐る恐る騎士たちは落ちた腕へと視線を下げる。牙によって穴だらけの、潰れた肉の腕。呼吸も忘れ錆びたブリキのような固い動きで顔を上げれば、爬虫類の瞳が哀れな獲物共を睥睨していた。



 ――さて、狩りの時間だ――




「あ、あぁあああああああああああああああああああああああああっ!?」


 立ち竦んでいた騎士の一人が発狂しながら剣を振ってくる。型もなにもない、子供ようにただ振り回すだけの剣。

 突撃の勢いそのままに剣を振るう。しかし、斬り付けたはずの刃は硬い鱗に阻まれ傷一つ付けること叶わず、中心から砕けるように叩き折れた。

 攻撃した側であった騎士は、鉄の塊でも殴ったかのような衝撃で身体が麻痺し、動けなくなってしまう。その隙はあまりにも致命的だ。


「ひぃいっ!?」

「まずは一匹」


 先程の焼き増しのように騎士を口に咥えると、強靭な顎で鎧ごと噛み砕いてしまう。

 本能に訴えかける恐怖。残った二人の騎士に、自身がただ喰われるだけの獲物であると自覚させるには十分な光景であった。


「た、助けて……」


 か細い声で助けを求めた騎士は、小便を垂らし、生暖かい池を作り出す。溢れ出る涙を拭うこともせず、ただただ幼児のように救いを求める。

 けれど、この場所に存在するのは捕食者と被食者のみ。助けてくれる者は誰もいない。


「俺の血肉となれ」


 目と耳。五感に焼き付く恐ろしい光景に、最後に残された騎士は誇りである剣すら放り投げて走り出した。


「嫌だぁあああああああああああっ!? 死にたくない死にたくないっ!? ぁぁあああああああああああああああああっ!?」


 仲間であった者の死体に構っている余裕もない。バシャリと血溜まりを走り抜け、狂ったように叫びながら逃げていく。

 逃げ去る騎士を瞳に捉えるディーノは笑う。しかし、恐竜の顔では人間のような表情筋はない。血に飢えたように、獰猛に牙を剥く。


「逃げた奴を追うのもまた狩猟だ。楽しい催しじゃねぇか」


 ――


 なんだあの化物っ!? 聞いてねぇぞ!? 実戦をこなしたこともねぇボンボンじゃなかったのかよぉおおおおおおおおおっ!?


 呼吸を整える余裕もなく、雑草や木々を掻き分け必死に足を動かす。

 しかし、状況は最悪だ。証拠が残らないよう人里離れた森の中で行動を起こしたのがいけなかった。

 人の手の入っていない鬱蒼うっそうとした森。

 木々から自由に生えた枝が行く手を遮り、舗装されていない地面は時に泥濘ぬかるみ、凹凸が激しく足を取られる。

 まともに走ることもできず、体力ばかりが消耗していく。

 加えて、身を守るための甲冑が重く、走るには邪魔でしかない。だからといって脱ぐような精神的余裕はなく、一歩でも怪物から離れたいという気持ちばかりが逸る。

 いつしか走っていたはずの足は重くなり、一歩一歩は鈍重な亀のように鈍くなっていた。

 ついには走る気力も体力もなくなり、倒れるように傍にあった木の幹に座り込んでしまう。


「はあっ、はあっ、はあぁっ、はぁっ……!?」


 荒く呼吸をする口を、死に物狂いで塞ぐ。

 息苦しいなどと気にしている場合ではなかった。地を鳴らす足音がゆっくりと近付いてきているのだから。

 一踏み、一踏み。身体が揺れる事に心臓が跳ね上がる。血走った目を必死に動かし、周囲を警戒し続ける。

 激しく跳ねる心臓の音が、騎士の耳を震わせる。追って来る怪物にも聞こえているのではないか思ってしまうほどに、心臓がうるさかった。

 酸欠になり、空気を求めながらも、塞いだ口や鼻から手を剥がすことはない。近付く足音は大きくなるばかりだ。

 不意に、ピタリと足音が止まる。生き残った騎士を探して止まっているのだろうか。


 行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行けっ!!


 これまで生きて来た中で、彼はもっとも強く願う。己の欲など忘れ、ただただ必死に生を請う。そうして、残された騎士の緊張が最高潮に達した時であった。



「――血の匂いは濃いんだ。見失うことはねぇよ」

「――――――ッ!??!!?」



 大きな丸い瞳と目が合い、彼の息は止まる。

 血の生臭い匂いで満たされた暗闇から、もう逃げる術は残されていなかった。


  ――


 ディーノの眼前に広がるのは大自然だ。

 恐竜の形態すら超える大樹に、どこまで続くかも分からない大きな川。

 我が物顔で闊歩するのは、前世ですら見たことのない怪物共だ。小さな魔物を大きな魔物が喰らい、その魔物をより大きな魔物が喰らう。時には、巨大な魔物を群れとなって喰らう魔物すらいる。

 かつて、恐竜として生きていた時と同じ弱肉強食の世界が広がっていることを実感し、ディーノは人の姿で牙を濡らす。


「はっ! いいねぇ最高だ。堅苦しい皇子としての生活なんぞより性に合ってる。名も知れぬ怪物共の肉の味がどんなものか……今から楽しみだ」


 獰猛なる異世界の最恐が解き放たれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る